どうしてSRなんだろう?
まずは近い想い出などから...

 1996年、職員団体の四国地連会議が8月に徳島で開催されることになっていた年でした。当時、徳島へはJRを利用して行くとなると時間配分が非常に困 難になります。そのため、どうしても陸路で行かねばならないのは必至だったのです。
 当時は徳島道は川之江〜池田、それに美馬からの一部を除いて開通していました。松山道は西条から対面交通が解除の状態で、伊予市から高速道路が利用可能 でした。道路の面はそんなに心配はなかったのです。
 ところが、オートバイはそうでもなかった。トライアンフは未整備の状況だったし、パーツを購入して云々は時間も金額のしてもできなかったところです。こ れからの状況を考えると、この際だから新しいオートバイを1台持っておいた方がいい、と判断するのにいい機会だったのかもしれません。
 スッタモンダの挙げ句、オートバイ選びと、それに伴う購入金額の算段を急遽行わなければならなかったのです。それが6月の初めでした。

 オートバイはどうするか?。もちろん新規購入ですから、新車購入と言えば1978年のXV750E以来、(1996年時)18年目になります。私の方が 現実にオートバイを購入することを止めた時は1985年のRZVがリリースされたときでした。妙に金額の折り合いがつかなかったもので、「今後は国産の オートバイでも100万円時代だな」と感じたわけです。それに、社歴が古くなるとパーツの供給がおぼつかなくなり、ついには愛着のあるオートバイでも修理 費用の方がかさむため、いくらすばらしいオートバイであっても継続生産車両で、アフターマーケットにリプレースパーツのあるもの以外はダメ、として新規購 入は避けていたところです。
 そんな中、SRだけが連綿と造られているし、アフターマーケットも充実していたところですから、仮に生産中止になっても、パーツなどの心配はない、と判 断できるし、選択肢のトップにあげてもいいものでした。
 ところが、これで300km程度を走行しても大丈夫かどうか... 、というオートバイのことではなく、私の体が大丈夫かどうかです。
 ロングランもチョイ乗りもこなせる確実性などからすれば、実力はあるのに人気が無く売れない、インラインフォーの750クラスがいいはずです。   
 が、次は金額が大きく支配することになります。新車を購入するのですから、諸経費など入れても100万円に近いものは手が出せません。この自問自答に数 週間費やしたところです。

 じゃ、どこで決定したのか?。
 どういった車種が候補に挙がったのか、ということは割愛しますが、現実として、当時、我が家の前には750が1台、250が1台、その上に妻の軽四があ りますから、大きいクラスのオートバイを増やすのは無理だったのです。
 多少の高速性能、居住性は何とかなると考え、1996年当時、少し大きめのオートバイで格安、そしてランニングコストが安い、となれば数えるほどしかあ りません。というところで、最終はSR500か400かに絞られたところです。
 決して消去法ではないんですが、結局、嫌が上でもこのSRしか残らなかった、ということだったでのです。

 次に上がった問題は排気量です。ちょうど息子がオートバイに興味を持ち始めた頃ですし、妻も400までなら免許があります。そういったことを加味します とSR400が好適なのは言うまでもありません。
 しかし、妻に乗ってみるか?と問うたところで、嫌という返事になるのは明白ですし、息子も免許を取得するという確固たるものもありませんから、結局のと ころ私自身のオートバイにならざるを得ないのです。
 そういったところから、再びSR500を購入することになったわけです。

 直ちに、当時のこの辺のヤマハ総代理店であった内田自転車商会へ、新しい月の製造のSR500であることを指定して発注しました。
 この時、すでに労金より、お金の方は準備できていた次第です。
 購入資金の調達と同時に、どこをどのようにすれば自分流のSR500となるか、その費用はどのくらいかなどをコンピューター上でまとめていました。

 SR500が再びやってきたのは1996年7月の上旬でした。入荷したSR500はいつになく工場出荷時そのままの様子を見せていました。何しろ、その 年の6月27日にラインオフしているステッカーが貼付してあったのですから。

 実際に乗ってみると、2J2時代のSR500とは全くの別物でした。どこがどう変わっているのかを申し上げても仕方がありませんが、SR400が2H6 から進化熟成したのに対して、SR500はSR400に近づけるように格段の努力の跡が感じられる、というものでした。
 この時点で、機関全体には大きく手を加えずに、別項で申し上げていることなどを、こつこつやり続けてきたわけです。
 どれもが確実性を持ったものではありません。一部には戯れ言といったものも存在します。理論に基づいているものは少ないところから、その大半は私の経験 以外に他ありません。

 2004年、ようやうにして、センターボルト方式の旧タイプのスーパートラップを装着して結果を得た後、再び純正マフラーへ戻した時点で、どことどこを いじればいいのか、というところが解ったところです。

 何度も言いますが、SR500はすでに過去のマシンです。SR400でもAISが装備されたものをストローク上げて500にしても、おそらく調子は出な いだろう、と思います。
 私の現在のSR500への歩みはこういったところから始まった、というところで、1回目を終了することとします。


inserted by FC2 system