ダイシン工業製SR400/500用乾式クラッチの装着
SR400/500の車両価格の65%ほどにもなる、とても高価なこの乾式クラッチキットですが、これから装着しようと考えている方に参考になれば、と思い、そのチップスを以下に記すことにします。
キット一式を開封して確認しますと、実に高価ですが、相当に簡素です。言い換えますと、ここまでシンプルにできる技術、と言えなくもありません。すなわち、オイルに浸かっていたクラッチ関係を無改造でオイルから分離する、しかも天候に左右されず、一般道での使用に耐えるようにする、ということを簡単にやってのけるのですから、結構マニアライクなキットと思います。装着してから分かることですが、SR400/500という大メーカーの長期継続人気シリーズの性能向上をさせるために、サードパーティーのメーカーがこれだけのものを造ることがすばらしい、と感心せざるを得ません。
以下はマニュアルに記載されていない事柄で、私が気づいたことを主に申し述べてみたいと思います。それでは....。
■用意するもの
エンジンオイル
シリコングリス
クラッチハウジングホルダーツール
各種レンチ
各種ドライバー
トルクレンチ
▼湿式クラッチの取り外し
○暖機運転の後、エンジンオイルを抜きます。
クランクケースのオイルも必ず抜いておくこと。これをやらないと、右クランクケースカバーを外したときにオイルの多くがあふれ出ます。
○右クランクケースカバーをはずしたとき、いきなりクラッチ部分をはずすのではなく、クラッチ部分の取り付け状態をよく見て覚えておいてください。
特にギア類の組み合わせ状況を確認することが大切です。
○クラッチハウジングを取り外したとき、その裏側に取り付けてあるオイルポンプギアを、マイナスのドライバーをハウジングとの隙間に入れて、はずしておいてください。力のある人は手でも簡単に取り外しができるはずです。
■取り付け
○先に取り外したオイルポンプギアは、四角のくぼみを乾式クラッチキットのハウジングに刻んであるくぼみの位置と合わせて装着しておきます。そうしておかないと、いつまでたっても確実に装着できません。
○フリクションプレートの向きは、面取りのしてある方を必ず「奥側」になるように装着します。これを1枚でも逆に取り付けてしまいますと、クラッチは切れるが、つながらないこと請け合いです。(私もそれをやりました、あしからず)
○クラッチプレートは数字の刻印を外側に統一して装着する方法をお勧めします。
○コントロールプレートにある矢印は、クラッチハウジングの先端に記してある矢印と必ず合わせてください。そうしないと、一見確実に取り付けられているように思いますが、コントロールプレートが均一に作動せず、再度クラッチスプリングをほどいて確認、という泣きを見ることになります。クラッチスプリングを締め付けるとき、レンチが妙に重く感じると、まず矢印が合っていない、と思います。
○クラッチスプリング取り付けボルトは必ず対角線上に締め付け、キュっという感じ(音)で奥まで届いたら、それから少し締め付けると規定トルク(0.8kg/n)にほぼ近くなります。
○くれぐれも潤滑のためとして、モリブデン系のグリスは使用しないでください。
○オイルフィルター装着後、フィルターカバー取り付けの下側ボルトの穴を使用して、フィルターケース内に十分オイル(150cc程度)を注入し、ボルトを締め付けておいてください。フィルターカバーにあるプレッシャーゲージアダプター取り付けボルトからのオイル注油はしないように願います。
○このプライマリー注油を怠ると、オイルポンプにエアーが入り込み、200mも走らないうちに、エンジンが焼き付くおそれが生じます。
◆付帯設備の修正
以上で取り付け完了なのですが、まだ、エンジンの始動はできません。なぜなら、現行フォワードステップでは、ブレーキペダルがクラッチカバーに接触して使用できないからです。あくまでフォワードステップに固執するのなら、鉄工所にてブレーキペダルを数センチメートル外側へ曲げ変えをするか、特注することをお勧めします。
同様に純正バックステップでもブレーキペダルが接触するため、そのままのポジションでは使用できないのです。
ここは、あくまでダイシン工業さんの考慮する問題ではないので、ユーザーとしてのクレーム申し立てはしないように願います。(笑)
後で分かったことですが、SRのポジション自体は、バックステップの方が疲れないように感じました。私の愛用車はもともとバックステップ仕様の最終モデルだったんで、今回、純正のバックステップにもどしてブレーキペダルを加工することにしました。
できれば、クラッチカバーの膨らみにさわらない位置にブレーキペダルが来るバックステップキットで、ローマウントシステムのサードパーティー製品を選択された方がいいように感じます。
○純正バックステップの加工は次のようにします。
ブレーキペダルの内側をスラント状に金切り鋸で切断して、グラインダー研磨、ヤスリの仕上げを施します。これだけですが、靴底で踏みつける面の広さを確保し、なおかつ、クラッチカバーに当たらないようにする美的感覚が要求されるます(笑)。
とにかく、乾式クラッチキット装着でここが最後になるので、はやる気持ちを抑えて、慎重に作業をしてください。
できれば、シルバーの塗装を切削研磨部分に塗布しておけばいい、と思います。
●調 整
乾式クラッチキット装着後は、クラッチの調整が非常にシビアになります。ただし、本当に最初だけのことですし、今後の調整のためにもその方法を憶えておかれるようにお願いします。
○クラッチレバーのレリーズをフリーにしておきます。(ケーブル側のゴムカバーはしばらくはずしたままにして、走行中もチェックできるようにしておきます。)
○右側、乾式クラッチのアジャストボルトも、ロック(10mmナット)を解除してフリーにしておきます。
○左のドライブスプロケットカバーをはずし、クラッチ調整ボルトのナット(17mm)をゆるめて、中心のボルトをプラスドライバーでクラッチのカムシャフトに当たるところまで回し込みます。どういったポジションで重くなるか、確認のため数回行ってください。
○その確認ができたら、重くなった位置でロックナットを締め付けます。できるだけドライバーでネジの位置をホールドしたまま、メガネレンチでロックするようにしてください。
◎旧タイプのエンジンで、クランクケースにボッチのあるタイプは、レバーを指で押して、その位置でロックする方法でしたが、ここは無視して、上記の方法で行ってみてください。
○先ほど装着した乾式クラッチのアジャストボルトも、クラッチ本体の調整と同様に行います。ただし、ここは締め込んで、重くなった位置から半回転戻しが指定ですので、指示に従います。
○最後にクラッチレバーのレリーズで調整します。この場合、通常より遊びをやや少なくしておくことが肝心です。
■始 動
○エンジンオイルを2.5リッターほど用意します。
○そのうちの2リッターをオイルタンク内に注油します。一応レベルゲージで確認してください。
○デコンプレバーを引いてキックを数回踏みます。
○エンジンを始動します。始動することを確認して、数秒回して、一度エンジンをカットします。
○レベルゲージでオイルの確認をします。おそらく少なくなっているはずです。その場合は規定内に収まるように追加注油をします。
○再度エンジンを始動します。
◎アイドリング状態で、オイルフィルターカバーの下のボルトをほどいてオイルが出てくればOKです。そうならない場合は、先ほどの組み付けの時と同じように、ここから数回オイルを注油してみます。それでもだめな場合はタペットカバーからオイルを注入します。それでもだめな場合はオイルポンプにエアが混入しているので、せっかく装着した乾式クラッチキットをはずす大仕事になりますから、これ以後はサービスマニュアルを参照して、オイルポンプのエア抜きに対処願いたい、と思います。
◎次に、デリバリーパイプの下側のバンジョーボルトをゆるめて、オイルが噴き出てくればOKです。
○数分の暖機運転の後、規定のオイル量になっているか確認します。少なければゲージの範囲内になるようにオイルタンクに増量します。
▲走 行
最初はキュンキュン、シャラシャラとかいう音で乾式クラッチに変わった、と感じることになります。ローに入れても通常のショックですが、レバーを戻すと急激にクラッチがつながる可能性があるので注意をしてください。
クラッチディスクの安定が出ない間はこの現象と、どちらかというと、シフトアップよりシフトダウンの方がフィーリングがいいことが確認できるはずです。
10Km程度走行すると、ずいぶんといい感じなってくると思います。20Kmも走ると、半クラッチもほぼ湿式の時と同じように行える、と思います。
そして、ヒューンとかヒュルヒュル、という、ギアのバックラッシュの音が大きく聞こえてくるようになります。と、同時にいつもと同じ気分で走っていることに気付くはずです。最初に耳にしたキュンキュン、シャラシャラとかいう音はクラッチレバーを握ったときにだけ聞こえるようになっていることでしょう。
が、ここからの感覚は乾式クラッチの経験者にしか分からないものです。これを口で表現しろと言われても表現できそうもありません。もっともたるところは、ヤマハのビッグバイクによくある、油温が高くなると、シフトがシブくなる、ということがほとんどなくなることです。
3000rpmぐらいからクラッチを切って、ブレーキングして、アイドリングより少し高い回転数をキープしていないと、一気にニュートラルにした場合など、エンジンがストールする場合も出てきます。それほどのものなんです。
◆まとめ
完全な作業台があれば、2時間もあればクラッチは装着できる、と思います。確認しながらでも3時間もあれば十分でしょう。しかし、付帯物の修正もあるので、十分時間をとられた方がいいように思います。
私が考えるトラブルシューティングとしては次のようなものでしょうか。
▼クラッチが作動しない
A)フリクションプレートのエッジの面取りをしていない方が奥側になっている疑いがあります。私もやりましたが、このミスが一番多いように感じます。
面取りをしていない側は「外側」を憶えておいてください。
▼クラッチが切れない、クラッチをつなぐと止まる
A)先ほどのように調整を十分にすることです。
▼エンジン冷間時にニュートラルが出ずらい
A)これはいたしかたありません。特に20W40辺りの鉱物油のオイルを使用すると、この現象はオイルが暖まるまで、ギアの乗りが悪いようです。決してクラッチの調整不良ではありません。500m程度走行すると元に戻ります。
いわゆるトランスミッション部分もエンジンオイルで共用の上、SRはドライサンプ方式ですから、気温の低い場合はこのことは一層助長されるのではないでしょうか。
今後、どの程度の粘度、半合成か合成か、それとも鉱物油か、テストをしてみたいと思いますが、キャパシティーの大きい10w50ぐらいの合成オイルがいいのではないか、と考えています。
▼アイドリングが異常に低い
A)クラッチ部分がオイルに浸かっていないために起きる現象で、油温の上がったときに、指定の1350rpmから下げて、1100〜1200rpm程度に設定しておくのがいいかと思います。
■アフターリペア
今回のダイシン工業さんに限ったことではありませんが、良質のアルミ鋳造で製作されているもの、SRですとカンリンのフライホイールカバー、トライアンフですとSUDCO
MIKUNIのキャブレターなど、装着してしばらくの間は、少しの雨でも水滴が付いたままで乾いた部分は白い粉を吹きます。この場合は無理をしてピカピカのアルミにするより、酸化アルミ、つまり古い一円玉のような表面にした方が、私は好ましいと感じています。もっとも砂型鋳造でごつごつしてますので、バフがけはしないでしょうが。
したがって、これは根気のいる仕事ですが、使い古しの歯ブラシなどで白い粉を除去して、オイルの付いたウエスなどで拭いてやることが必要、と感じます。
乾式クラッチキットの場合は、クラッチカバー部分は表面の穴、切り欠き部分を通して雨水が入りますので、カバー内部にも白い粉が発生します。ここんとこも十分処理をする必要があります。
特に、クラッチ全般としては、雨天走行時、洗車時には、コンプレッサーでクラッチ部分の削りカスを吹き飛ばしてやる必要があります。そうしないと、削りクズがサビとなって良くない結果を招きそうだからです。
あくまで、レーシングパーツを組み込んで使っている、という、いい意味でのメンテナンスとSRへの一層愛着を込めた接し方を再確認していただきたいものだ、と感じます。
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