第39回四国自動二輪交友会

嫌 なプロローグ
 2月の始め、ツーリンググラブ瀬戸さんから案内状が来る。異例に早いうえに、限度80人、そして、何と五色台でだ。今回のホストがやったあの日、我々の 後は会場まで来ることができない大雪になってしまったのを想い出す。もちろん、そのことは案内状に記載があったので間違いはないであろう。それほど印象が 深のだ。
 以後、坂出で開催が続いたし、讃岐の奥座敷の温泉での開催もあった。本当に久々の五色台であっただ。少しばかり気分が乗らなかったのだが、妙に心の片隅 に何かが残っていたし、日増しにSR500が快調になってきたから、少しずつ参加の意向が強まってきた。私の不参加は第1回、これはこの会を全く知らな かったのだ。それに変わるものは全国自動二輪交友会で京都へ行ってた。
 続いては第5回の松山。今と違って、主催が強く、会費の関係で聞き入れがなかったために、やむを得ず参加をしなかった。理由としては、次の高知大会で は、これを火か路良く受け入れてもらって、息子も妻も参加できた。もちろん、9回の松山ではテレビ出演もできたしね。
 そして、36回の徳島、私の嫌々がピークになっていた頃だ。徳島までの道が異常に怖く事故りそうな感覚に苛まれる始末。退職関係のモロモロがドッと来て しまった。退職してからは花園へも行けなかった。申し込みはしているのに、身体が動かなかったのだ。
 四国自動二輪交友会へは、この3つの回のみ欠席している。そして、五色台。どうするか、散々考えて、「行こう」と決めて申し込みをしたのが2月の末であ りました。

本当のところ
 まず、この日をめざしてSR500にはBORE-ACEのスパトラのディスク6枚仕様で好結果を得ていました。ところが、欲をかく、というかより一層の ものを目指してディスクを新しいものに変更したのです。
 ところが、思わぬところで再び迷路に入りそうになって、急遽3GWのノーマルマフラーへ戻しました。スパトラが決して悪いものではないのですが、今回の ルート途中のことがあって、どうしてもスッタモンダやることはできないような気がしたからです。要は安全策ですね。
 とにかく、これが前日の3月21日のことでした。それ以前は何をしていたのだ?、と言われますが、第一が天候です。雪の五色台を想い出させるほど寒く雨 が降る始末。この時期、この辺では2日続けての晴天が望めなかったのです。そのため、青空工房ですからSR500の整備などできなかったのです。
 こういった日はとにかく最小限で事に当たることにしました。もちろん、気分としては余裕を持って云々はありますが、こと車両には過剰に感じられるような 処置などを施さず、現状のまま、としたわけです。まさに、汚れなどはそのままにしておきました。
 で、21日は前後ホイールの空気圧と、ガソリンを満タンにし、マフラーを3GWに戻してミラーにランプ類を綺麗にして準備を終えました。その夜、ヘル メットを清掃しながら、ルートを散々考えたあげく、帰りに3番目の孫の体調快癒祈願に香園寺さんへお参りに行く、としてノンビリ行くため、国道11号線を 走ることにして、本番当日を迎えることにしたのですが、これが災難の始まりになろうとは知る由もなかったのです。

2014年3月22日
 朝はいつもとは違い、ワクワクして起床です。こんな気分は久しぶりです。この2年間ほどは妙に嫌な気分が入ってしまい、そのことに気を回しすぎるような ところもありましたが、今回はその気分がありません。今日は久しぶりにノンビリ、と行きましょうが先に出ます。
 サンクスのパンを食した後、連ドラの「ごちそうさん」を見て、全くいつもどおり。身支度ったってワイシャツとフリース、ウインドブレーカー代わりの雨合 羽。下はチノパンツのみソックスはオファのサポートソックス、少々ラフで危険かもしれませんが、バカみたいに着込んで行くほどのものでもありません。これ で良しとしましょう。これまた近所へチラッと出かける気分です。
 走りながらの感じですが、SR500はバッテリーが弱ってますが大丈夫。若干アイドリングが高いのですが、オイルが温もって、途中ガソリンが変わるとど うなるか判りません。ひとまず標準の1350回転ぐらいを保っています。
 大洲道のみ高速バイパスを通って、としたとき、私のタンクが一杯になってきました。中山のクラフトの里ですっきりさせます。以前は少し手前の紅葉谷でし たが、自販機のあるところがが取り壊しになったので、現在はここまで来なければなりません。

 平地より若干寒いのでしょうか、梅が満開から少し経ったようです。そうでしょうね、宇和島では桜の季節ですから。

 松山の手前から左折。一昨年は伊予市のここの施設まででよかったんですよね。など思い出してみるものの、先を急ぎます。川内を過ぎて快調です。33号線 との交点もスムースに進みます。おそらく時間どおりに進んでいるはず、とその時は確実に感じたのです。
 ことは、桜三里を過ぎ、西条へ。昔リンリンパークがあって、うどんが旨かったよね〜、など珍しく思い出に浸っています。今は昔の面影など一切ありませ ん。時代が変わるのは早いものです。高速道が通ってからは11号線は生活道路でしかなくなってきました。

 新居浜手前で燃料補給。うまい具合にコスモです。さて、11号線をどこまでも真っ直ぐだ... 、と思ったのもつかの間、新居浜を過ぎた辺りから、全く進まなくなってしまいました。
 これは、マジにウソではないだろうか。ジワリジワリと右の手首が痛くなってきました。香川へ入ると大丈夫であろう、と思うのですが、ダメ〜。とにかくト ラック、しかも荷台をカバーした4tクラスの多いこと。前へも出られず、信号も見づらい。おまけに道幅が狭い。最大の要因は信号の多さです。全く走ってい るその場から身動きできないのです。
 いたしかたなく、11号線のバイパス走行で香川県内へ入ります。一息入れることもできません。かなり時間がかかったことは時計を持っていない私にも感じ るところです。

 三豊へ入って、ようやくローソンで昼食。この時点で午後2時を回っています。これまでに1時間のロスです。時間と左手首の痛さで座って食事などできませ ん。朝とほぼ同じのメニューで済ませました。クラフトの里、燃料補給のみの休憩ですから、かなりの距離を稼いだはずですが、新居浜からのノロノロが残念で す。
 そこからは、五色台へ11号線をちんたら走ります。私、そんなに車間距離を取っているつもりは無いのですが、とにかくテメーの車のスペースがあるとなる と、スッと入って来る。この手の割り込みが多いのには閉口します。特に愛媛ナンバー、おそらく東予の人間であろうと思いますけど、アンタだけの道路ではな いぞ、と言ってやりたい気分です。

 五色台への道はこの辺で指示があるはず、と思っていたのですが、全くありません。お寺の指示はありますから、11号線から外れて行くものの、距離を詰め るため県道へ入ります。グネグネの曲がりは少ないまま、平地最後のコーナーを右折、五色台への登りに入ります。
 スッカリ忘れていましたが、春のブリティッシュランで来た道ですよ。しかし、随分と道も変わっているものです。もっと広いようにも感じましたが、こんな ものでしたかね。が、忘れていたことがあって、地図上は平面ですが、実は五色台への道は登り下りのギャップがかなりあるのです。そのため、略図は信じられ るのが少ない。やはり、経験のみが大切です。もちろんOLのコンパスは持参していまけどね。
 それにしても、交友会参加の車両に一切合いません。外車クラブ、東京トライアルクラブの面々がいるはずなんですけど、ホントに合わないのです。
 そうするうち、陽の傾きが大きくなってきました。ウッソー、あそこ(ローソン)からの時間も所々の渋滞で時間がかかりすぎているようです。
 最後の曲がり付近で、九州の乾物屋のおじいちゃんライダーが私を呼び止めました。道を間違えたらしいのです。やはりな、と思いつつ、私がエスコートする ことになりました。最終のカーブを対向車があったので大きく曲がりすぎました。
 で、ようやく到着した次第です。エーッ、後来ないじゃない。時計を見ると16時20分。何と7時間ほどかかっている。信じられないほどの渋滞だったんで すね。本日の走行距離271kmでした。
 参加車両はこういったものもあり、から始まります...



 数十台の車の中、やはり、少し古めのオートバイの方が好みですね。今のは乗る気になら ないのですが、古いスタイル然として、中身はまるで違う、というのが好みでもあります。ドカは37回の参加者さんのものです。適度に汚れていて、マジ、日 常の足ですね。

宴会にて
 到着後、ツーリングクラブ瀬戸のO会長と少し話をして、部屋で相撲を見つつ、お風呂。やばいぞ、汗が出ないのです。これは苦しい。2回ほど湯船に入り込 んでようやく楽になってきました。
 何か身体上で変化があるのだろうか?、と思いましたが、どうもいつもどおり。こう、疲れ方がいつもどおりで、逆にオカシイのですね。よく考えるとアル ファリングとウエストベルトをしてました。特にウエストベルトは効果があるようです。それ以前にスティンキーのシートの尻をホールドする能力が高いように 感じます。まるで、形状記憶ウレタンのようで、高価なシートだものね、というのが少し分かったようにも感じます。

 O会長より現在の状況ではホストクラブとしてはぎりぎりの線での開催になって申し訳ない、との発言がありましたが、参加者の大半は「これはこれでナカナ カよろしい」と思っていらっしゃったようです。お子さん連れの方も、お子さんそのものが席を外れることもなかったし、女性も途中で席を外す人もいなかった のですからね。

 高齢化は否めませんが、一つ、原点に帰って「五色台へお酒を飲みに行く」、でいいではないか、と私は思います。何しろ、五色台への道を通って、ソコソコ の風景を楽しみ、マスのツーリングなら、その土地土地の食べ物などを楽しむ。たかが1泊2日のツーリングですが、点の移動ではないため、私はこういった ミーティングが好きなんですよね。

 もう一つ、副代表のTさんの奥様が私が持参したパールビズ製品を欲しがってまして、今回は無理なので、来年は徳島で必ずゲットする!、と意気込まれまし たので、私は来年の徳島で終えるつもりだったのですが、これは当面続けなければならないかな〜、と嬉しくも酷な要望を叶えなければならないようです (^_^;)

 ま、久しぶりに完食しましたし、追補のような讃岐うどんに十分満足をして、部屋に帰った後は例のトヨタがモデルの民放のドラマを見てお休みになりまし た。


翌3月23日

 お隣の歯ぎしりが凄まじく、午前2時近くに1度目が醒めてからは、十分に眠れませんでしたが、ま4時近くからは気付かなかったので、そのままお休みだっ たのでしょう。

 6時過ぎに起床。サッサと身支度... 、ヤバイ、和式のトイレの確認が出来ていなかった。ググッ、必死の思いで2階にあることを発見。事なきを得ました。
 朝食はバイキングでしたので、家での朝食とほぼ同じ状況でした。久しぶりにポタージュスープがありましたから助かりました。コンソメがあれば一層よかっ たのですがね。いつもは泣く泣く味噌汁で間に合わす羽目になるのですよね。
 お土産はいつもどおりのもの。讃岐と言えば... 、であります。それに、チョット教えてもらって、あの「うどん」を加えました。

 記念撮影の後、帰路のスタートです。手首は相変わらず最悪です。高速は通れません。何しろ香園寺さんへお参りに行かねばならないからです。特に今回は3 番目の孫の平癒を願ってのこともあります。ただ、参拝がしたいのです。
 往路に対しては非常に快調です。これが普通と思うのですが、燃料補給でスタンドの係員に聞くと午後からはやばいそうです。11号線自体の特性でしょう ね。
 案の定、新居浜が近づくと混んでき始めました。56号線の以前のように生活道路気味です。しかも、この道1本で周囲に広い道が無いのですからね。

 香園寺さんでは、初めてご本尊を拝しました。えらく現代的なお姿ではありますが、しばらく対峙させていただくと、微妙に安堵感を感じます。もし、ギャラ リーの椅子がもう少しよければ、ここで祈祷などが行われると荘厳だろうな〜、と感じたところです。

 孫の成長を念入りにお願いして帰路につきます。出ようとすると、カブの110にモリワキのマフラーを装備した車両が入ってきました。スゴイですね、マフ ラー替えた だけでバランスがよくなっているようです。そのかわり、ゆっくりでは走れなくなるな〜、と感じました。この辺がEFIの吸排気系のセッティングの難しさで しょう。私なら純正マフラーで1万キロほどは乗りますけどね。

 新居浜へ入って西条から桜三里へ入るまでは、マジ不安でしたが、桜三里が近づくとそれもなくなってきました。11号線は、新居浜から瀬戸内海が見えるま でと、香川に入って内陸になるところが鬼門ですかね。

 川内も少なくなりました。この辺りは、もう高速の時代になっています。伊予市から、いつものコースへ。新谷が近づくと昼飯を食っていないことに気付きま した。旧ドライブイン道後のサンクスへ寄って、時間も時間ですから軽食を... 、と思ったのですが、どうも腹具合がオカシイので、水分補給のみにして帰路を急ぎます。

 このまま、燃料補給無しでイケルかもしれない、と思って吉田を抜けた辺りからプスプスッ、思わずリザーブへ。和霊大橋でコスモを補給。残念ながら5Lに 留めました。
 15時過ぎ、無事に帰ってきました。ウウ、思わずトイレへ... 、全くツイテいません。旅の恥はかきすて、でも家まで持ち込んでしまいました(^_^;)

 懐かしい「雪の五色台」を経験した人も少なくなりました。大きめの外車の新しいのも見なくなりました。日本法人ができると、「当社の製品が一番優れてい る」をメーカーが先に出してやれ新しいのが出たので、乗り換えませんか?、とかこれだけサービスします、とかを盛んにやって顧客をつかもうとしている。そ して、イヴェントをやる。結局、それらの行為が一段落してしまっているのが今の日本法人のやり方ではないでしょうか。
 日本人は、メーカーに慣らされているのが結構あり、外車メーカー法人も右へならえをやって少し考え直さないと... 、になってきたのではないでしょうか。数年前は映画でこの車両が出た!、ってずいぶん騒がれましたが、今は四輪みたいに二輪は出ませんよね。
 こういった時期を本当に地道に歩んできた四国自動二輪校友会、私はこの気分をずっと続けてほしいのです。私の思いかもしれませんが、車両を購入して1万 キロほど乗って、走り方、クセなどがある程度つかめた後、同じ車両に乗っている方はどうなんだろうか?、と思いを巡らせる。あるいはどんな車両が来ている のだろうか、などなどを知るチャンスでもあるのですね。私より高齢の方がハーレーなどを転がしているのですから... 。
 「四国は一つ」じゃありませんか。来年は「ツーリングクラブ車楽」さんがホストで徳島は眉山の中腹で開催されます。こういったことも含めて、できる限り 私はこの会に参加したいと考えます。
 本日の走行260kmでした。

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