花園村への旅
良好なエンジンと快適な2日間

前 日のこと
 2004年10月15日、金曜日というのに、どうしてもアクセルワイヤーのタイコのことがアタマからはずれない、まさにトラウマ。いつもいいところでプ ツンという状態になってきたのですから... 。運良く修正可能という場面も出ると考えて、ハンダごても用意するなど、インチ工具のメガネとスパナ、ドライバー4本をはじめとした工具類のため相当な重 量がかさむことに なり、着替えを含む衣類などとともに、とうとう深夜まで準備が整わなかったところです。
 とにかく、「このT-140Vで行くのだ、仲間に会いに... 」ということだけを考えて眠りにつきました。明日は午前7時の出発。12時15分発の南海フェリーに間に合わせないと、国道24号線から花園村への道が厳 しいものにななるにほか在りません。



出 発
 あけて16日、白々としてくる朝を迎えるのですが、どういうワケか胸がいっぱいで食事がのどを通りません。こんなことは。ここ最近では珍しいことです。 昨日食べ残したステファニーのコロッケパンをクノールのカップスープと共に新聞を見ながらゆっくりといただきました。
 これが良かったのかしら、以後はすばらしい食餌状況でした。

 SUDCO MIKUNIでのいつもどおりの始動ですが、数日前から小変更しました。
 チョークを引いて空キック数回。チョークを戻してキックしてOK。再びチョークを引いて1分程度暖気、そしてチョークを戻して1500回転をキープして ウォーミングアップを5分程度。この方法が今の気温ではいいようです。チョークを引いたままの始動では、ミスった場合、飲み過ぎでかからなくなる可能性が 高いようです。
 スタートはいつも緊張します。1速は3000回転程度でクラッチミート。これは以後全く同じでした。秋の陽光が気持ちを高ぶらせます。
 卯之町へはいると霧が包み、大洲では一層ひどいものになります。この霧は午前11時近くまで続くのでしょうから、本日は晴天が約束されたこと、私も大洲 から 高速に乗ることとします。
 エンジンは機関本体のゴロゴロ音が少し大きいほかは、図太い連続音の排気とともに、90km〜100km/hの範囲をキープして走行します。松山からは 片側2車線となるので、この速度域を保って走ることに専念できます。
 石鎚山パーキングエリアで小休止。主宰の来栖さんへ電話。そうなんです。私も携帯電話を持たざるを得ない状況になってきました。例のハンダのことと、こ のやむを得ず持つことになった携帯電話が、今回の花園村へ行けるかどうかの不安の一つでもあったわけです。
 電話では、すでに花園村へ出向かれているとのこと、いよいよだな、という気分と不安材料とが一体となったとき、隣に止めてあったCBRのオーナーさんが 何気なく話しかけてこられて、「この手のミーティングですか?」と聞いて、「エエ、花園村へ行くんです」と答えました。私もCBRの塗色の赤を見て、宇和 島にあるNRのことを少し話をして別れたのですが、少々気分が和みました。



 修理箇所からのオイル漏れもありませんし、チェーンに給油した15W50のエンジンオ イルが若干飛散しただけですから、機関にはOKを出し、当方の整備も合格としたところです。

 ここで太陽石油のハイオクを入れて、松山道からそのまま徳島道も走ることにします。少しばかり調子が上がり始めました。太陽石油、という石油メーカーに 対しては別項にて ... 。

 暫くの間、松山道も先日の台風の惨禍が至る所に見受けられることになります。走行上、右手には小さい谷という谷は大半がザーっと土砂が流れています。数 日前まで、この土砂が高速道を横断して下まで流れたままになっていたわけです。それを2週間あまりで復旧させるのですから作業に当たられた方々に頭が下が ります。



フェリーにて
 徳島道も無事クリア。オートバイ故の支払いの煩わしさから、通行料はカード決済とします。長いジャンクションを抜け、徳島市内でモービルを補給。フェ リー乗り場ま で走ります。
 あれから4年か... 、と思いつつ桟橋へ到着。先に着いていた宇和島自動車のバスを見ると、安心感が増します。モービルはまぁまぁでした。
 すると、乗船するホンダ・インテグラのドライバーが下りてきて、いきなり「オレはCB-750Fにサイドカーを取り付けて乗っていた」から始まってのバ イク談 義。妙にアルコール臭い。運転は大丈夫かいな?。
 少々不安でしたが、写真を見せられて事実を知りました。体が悪くなってオートバイを止めたらしいのです が、さもありなん!、と感じられるひとときでした。
 と同時に、我が町の宇和島自動車のバスの中に顔なじみの女性Sさんが... 。まさか?とは思ったものの、こんなことって在るのですね。
 フェリーはいつもどおりの乗客数。2時間3,800円ですから、なかなかいいものです。おにぎり弁当で空腹感を癒します。が、まだ不安がないわけでもあ りません。よそ者には訳の分からない和歌山市街路が待っているからです。
 Sさんからはこの旅行はJA宇和島のツアーで「南紀のグルメ旅行」と報告がありました。実のところ、船中のお弁当が最後の一般食で、後は全てグルメとの ことで、うらやましい限りで す。
 私の方は、忍ばせておいたiPodで音楽を楽しんでいました。波は少々高いようです。豊後水道の波とは少し違うものですし、南北に走る船も見受けられる ところから、紀伊水道は関西の主要都市が近いことを意味するものでしょう。



和歌山で困ったことが...
 午後2時過ぎに和歌山市内へ入ります。標識どおりに走ったつもりでしたが、これが六十谷、主宰の来栖さん宅の方角へ進んでいます。
 急遽、奈良方面へ修正しようにも、あまりに遅い県道の交通状況。途中のオートバイ屋さんで「橋本方面ですが... 」と聞いても的を得ません。数キロ進んだところで、国道24号線へ抜け出ることができました。この間30〜40分のロスです。時間はすでに3時を過ぎてい ます。
 午後4時前になって高野山口へ到着。これから山道を通って、地蔵峠を抜けて目的地へ... 。妙なものが支配します。4年前を思い出しながら、ここでこんなことがあって... 、と、進行方向を間違った所、道を尋ねた所など、そのときと全くことをしているではありませんか。



到 着
 ようやく午後5時にふるさとセンターへ到着。来ているオートバイ群を見ると、妙に少ないし、メンバーも変わったな... 、と感じたところでした。

 すでに夕闇が近づいていますので、写真は明日まわしとして、最終で到着した東海組の中にグラッドストーンのマスターを見つけ、先日の電話のことを話して 部屋に戻った後、お風呂でノンビリし、懇親会を迎えることとなりました。
 料理は鍋。この時期ではありますが、豚シャブが含まれていますから、体もずいぶんと温まります。地鶏のツクネをはじめ、まさに美味。
 気づくと、冷や(常温)のお銚子が3本ほど空になっておりました。一合六勺のお銚子ですから、およそ五合ほどを飲んだことになります。飲み過ぎです。
 しかし、ここ最近は緊張の連続で、その開放感がいまだに無いためかしら、ちっとも酔わない、ということもあってダメ。悶絶状態の手前でお開きとなりまし た。

 後で同部屋の唐津から参加したMさんが、本当に綺麗な最初のT-150を30年越しでイギリスから個人売買で入手したとのこと。それまでは CB-750K2をレストアしながら、気にはなっていたのだが、たまたま別冊モーターサイクリスト誌でT-150の詳細なレポートを記載した方と連絡が取 れて、購 入に及 んだとの話を聞くことが出来ました。ついつい、トライアンフを乗ろうとした30年前の私のことを思い出してしまいました。
 奥様はどうなのか?、には、「知らないオートバイがガレージの中にある」ことには気づいているようですが、何も申しません。(T-150のことは)もう 知っているのでしょう、ということでした。
  我が家では、妻としては私のことにはアキラメになっていますが、最近は一向にコンピューターも、オートバイもシコシコやっている様子だし、キカイに変動が ないため、一気にコ トが起きる 前触れかもしれない、と感じているのかしら、想像以上に不安がっているのかもしれません。(今のところ、その気分にはなりません、ハイ!)
 いい気分が続いてはいますが、オヤスミすることとして、一日目を終了しました。

本日の走行距離 383km でした。



花園村でのひととき
 明けて10月17日(日)、すばらしい朝を迎えました。早くも帰り支度を整えるのですが、またしても憂鬱。帰りも無事で... 、ではなくて、出発の予定時間だと帰宅が夜になるからです。実のところ、シールバッテリーでナイトランを数時間しか行っていないため、バッテリーが空に なって、エンジンが回ら なくなる可能性が... 、という思いが支配して来だしたのです。
 全然心配ない、ということは解っているのですけれど、実地検証は十分にできていなかった、というのがホンネのところです。それ以外は重い荷物、そして、 スロットルワークに対するアクセルワイヤーのタイコ部分へのストレスからワイヤーがプツンとなる可能性... 。
 嫌なことですが、帰宅時間への時間的な余裕がないため、高速道路を通るしか方法がないのです。自業自得とはいえ、この悶々が2日間消えることは無かっ た、ということで しょう か。
 自分流の整備の確実性が無いことへの自戒でもありますが、天候もいいため、このことは忘れることにしましょう。午後5時半頃はすでに松山近辺ですから。

 程よい朝食の後、泊まり組の車両が引き出されます。ワ〜っと多い状態の、いつもとは違い、ほとんどの車両がごく普通に駐車場を兼ねた広場に集合されま す。ダグ ラスも来ていましたし、T-150のMさんと一緒に駐輪しました。

  

 皆さん方はヴィンセントに注目されていますが、1台を除いてどうも私には受け入れがたい。ヴェロセットにしても同様です。確かに当時としてはすてきなマ シンであったのは事実ですけれど、当時の一般への売れ行きからすれば、今を生きるためとしては、トータルとして現在は、そのランクは少し下げないとならな い、と考えるところです。
 私が言う、古いオートバイを今の時代でどうやって動かすか?を考えると、今回来ていたこれらの車両は、私としては納得のいくものではないものが多かっ た、という次第です。
 トライアンフの中にもライトが点かないままで夜間走行してきた参加者もいるのですから、私としては、どうもこの辺のところが、いつも古いものに対する考 えの 根本が間違っているのではないか、といういたたまれないものに思えて、嫌な気分になってしまうのです。

 さ、そういったことは別にして、興味のある箇所を少しばかりデジカメに納めました。グラッドストーンのマスターのT-140は、エンジンのスタッドボル ト が立て込みのボルトではなく、スタッドボルトを埋め込んでナット止めという芸をやってました。その他、ロッキードのCP2696のブレーキキャリパーでの 軽量化をは じめ、私のT-140Vもブレーキはこの方向性で行きたいと考えています。今のままでは形はCP2696でも鋳鉄製で重い上に、とにかく効かないのですか ら... 。

  

 どうですか、このDBD-34にはFCRがくっついてるでしょ!。こんなのも有りです。全く同じ仕様ではありますが、ドンダン大阪の小川さんのはクリッ プオンハ ン ドルで、スタンダードなタンクの350ccモデル です。ずいぶんと扱いやすそうでした。全く似て非なるものとしてのSR500と400の違いに現れているようで、妙な気分になってしまいました。一般使用 は350モデルの方が遙かに使いよいのは言うまでもありません。



 当日の見学者がそろそろやってきます。やって来る国産車の一群の中に、少し重いような感じでエンジンが回るBSAリーガルのSR400を見つけました。 隠すよ うに止めるものだから、写真に納めるのに苦労しました。
 オーナーと共に話をしていたところですが、率直に「カンリンのフライホイールはちょっとマッチしないでしょ?」というと、まぁ、という顔つきでしたが、 オレブルの水銀の入ったフライホイール付加材を薦めることは言いませんでした。



 音からすれば、おそらく400ccでしょうけど、シリンダーに2H6の刻印があるた め、もし、500にアップしてあれば中型免許なら当然違反行為にな る、ということが、いつもSRに対してアタマを過ぎる疑問です。
 軽二輪登録の650cc、350ccのトライアンフなど、本来は、こういったことがあってはならないのですけれど、それがまかり通っている、おかしな面 もあります。

 高知組が最初に出立します。理由は分かります。ヴィンセントが途中で止まる可能性が高いため、11時のフェリーに乗る必要があるからです。もし6V仕様 のままならバッテリーへの負担は相当なものがあるし、いくらウインカーを必要としなくても、手信号を出しながら暗がりを走ることはできないからです。
 私の方は、いつもながら出立前の仮ライドをしなくてはなりません。幸いにも会場が高台ですからいいものの、普段の道路ではレーシングスタートのような状 況を呈するのですか ら、必須条項とはいえ、気が引けます。
 一台BSAスピットファイアにSUDCO MIKUNIを装着してあるのを見ましたが、これはどうもシングルキャブを2個付けたもののようでした。マニホールドから34mmのようでした。
 いざ、私のエンジンに火が入ると、一斉に注目を集めます。1500回転ぐらいをホールドして回るエンジンからのくぐもった図太い排気音と、暖気後のアイ ドリングの確実さと、K&Nのエアフィルターを通しての吸気音からすると、少々異質のトラ イアンフとして見られるからでしょう。
 1速3000回転ほどでスタートすると、みなさん一層びっくりします。恥ずかしさが先に出ますが、SUDCO MIKUNIではこうなるので すよ、ということですから、どうしようもありません。

 「どこのマフラー?。音しずかでいいね」と問うてきた小川さんに「トガの製品のようです」と応え、「以前はワッセルの絞ったメガホンでしたが、ウルサイ のはこりごりです」と。
 「SUDCOでは、どうしてもこの程度です」と告げる と、「下が無いからね」との返答。「キャブ口径をいかなるものにしても、パイロット上げてもダメだろうな」との こと。
  「この辺のところですよね」というと、フムフムと首を振ってらっして、私のチョイスが理解されたと同時に、「AMALの方がトライアンフのエンジンにあっ ているみたい」とAMALへの換装を勧められました。
 それに、「ヘッドを交換してMK-IIを装備するといいかもしれない」と、まるで私のキャブレターへの 方向性を知っていらっしゃるかのような応対でした。
 まずもって、SUDCO MIKUNIは当分、この仕様で使うこととします。
 小川さんとは、私が一度T-140Vのリアブレーキキャリパーのセンターを出す方法のレポートを参加者に配ってから覚えてらっして頂いているので、感謝 感 謝です。
 記念撮影をして解散。私は10時5分に花園村のふるさとセンターを後にしました。
 帰りは有田川沿いを有田、海南へ向けて走って和歌山港を目指します。



帰路一括
 一台の結核検診車が居なければ、有田川沿いの道はすばらしいライディングになったのですが、残念ながら有田市の手前まで引っ張られました。本当にすてき な道でしたから、時間の ことはともかく、この車1台のために少々残念。愛媛なら先に行かせてくれるのに... 、と思いましたが後の祭り。
 有田で農協のガソリンを給油して、和歌山市内へ入ります。渋滞が少し響きましたが、12時40分に和歌山港へ到着。乗船手続きをして待合いへ。
 何と何 と、再び宇和島自動車のバス。知り合いのSさんもいらっしゃいました。

  

 左の写真はカワサキのミーティングに参加予定の女性達のオートバイ。右は左のミラーに 社旗が隠れてしまいましたが、宇和島自動車のバスです。

 フェリーの中で昼食後、少し眠りました。わずか10分程度でしたが、気分のいいものでした。往路と全く同じ団体客が一緒というのも妙な気分になってしま いま す。
 彼らの弁当を見ますと、往路のフェリーの中でJAツアーのことを聞いたとおり、私の弁当と比べると格段の差がある、まさにグルメの弁当でした。
 
 すでに想い出に浸っているのですけど、団体旅行のことを思うと、和歌山からの今回のミーティング参加者が、高野山が世界遺産になったので、バスが多く なって自然が荒らされるな〜、と言ってらっしたのが印象的でした。このま まの状態なら、排気ガ スの影響から何から、大きな問題が高野山近辺を覆うのはそう遠くないことでしょう。

 午後3時過ぎに徳島を出発。往路と同じく高速道路を使用せざるを得ません。が、往路の状況とはT-140Vが一変していました。非常に快調になっている のです。ここまで、わずか400km程度の走行ですが、これほどまで変化するとなれば、次回はオーバーホールをすることだな、と思わずには居られません。 費用35 万円程度ですが、これは貯金をすることとします。

 ところが、ガソリンのメーカーによって大きく変わるエンジンフィーリングに今度は悩まされます。有田で入れた農協のガソリンはすばらしくよかった。続い て徳島の吉野川パーキングで入れた太陽石油がダメ。そのガソリンで高速道路を走りきったもので、少し別の疲れ(エンジンの振動が多くなること)に気を遣う ことから、ペースが落ちるのです。

 が、これは松山道で覆面パトに助けられました。先に違反車両の処理をしていたのを見つけたため、90km/h辺りをキープして走っていたのですが、折し も新居浜付近での路面修正で追い越し車線を走らざるを得ないところでしたが、後ろからツーっと一気に抜いていった四輪車を見るやいなや、赤色灯を出して追 いかけ て路肩に止める。これを見たのですから、やはり、上限20kmオーバー以内なら高速道路でも大丈夫、と感じた次第。
 いずれにしても、高速道路では、今のT-140Vの仕様では90km/h近辺が一番おもしろいところのようです。

 午後5時、帰りは立ち寄りませんが、石鎚山パーキングを前にポジションランプを点灯。松山市内へ入る頃、視認性の確保が必要なため、メインランプに点灯 をしました。
 大洲で高速道路を下りて、比較的速い国道56号線を走り、卯之町にて出光のハイオクを給油。このガソリンは良かった。再びスムースさが帰ってきて、午後 7時、無事に帰着しました。4年前に比べて 30分以上の短縮です。最初に参加したときからは実に3時間以上の短縮になったところです。

本日の走行距離 357km でした。



帰着して
 家には誰もいません。妻も義母の世話のため出ていました。最初に花園村へ行ったときの帰着は午後11時を過ぎていたにもかかわらず、オートバイの音を聞 きつけた母が出迎えてくれました。「寝てればいいのに... 」に対して、にこやかに微笑むだけ... 。その母も他界して、もう8年になります。

 秋の日が落ちて夜が始まる今、工具の一杯入ったコロナのツーリングバッグを下ろしたとき、これらの懐かしい想い出と共に、シ〜ンと静まりかえってしまっ た今の宇和島があり、急激に現実に戻されたようでガックリ来てしまいました。

 気を取り直して、暗がりの中、T-140Vを見回します。若干のオイル漏れはプライマリーチェーンケースからで、その他は一切のオイルは出ていません。 オイル量が少なくなっていれば、ブリーザーから排出されたオイルであろうと思います。STPを入れたオイルでは、これからの季節には堅すぎます。やむなく オイル交換を行わねばなりません。
 いずれにしても、この2日間、燃費24km/lで実に快調に走りきりました。



思い出して...
 今回の英車を愛でる会への参加をT-140Vで行くことを決めて以来、言いようのないオイル漏れが突如やってきて、悪戦苦闘の連続。それを修正。コント ロールワイヤーのタイコ抜けの不安にハンダごてまで用意しての旅になりましたが、もし、SR500で行っていればどうだったでしょう?。

 決してSRがダメというのではないし、このミーティングにそぐわない、というものでもありません。
 現実にMVの750スポーツが来ていましたし、カワサ キのエストレアも女性の手によって名古屋から自走してきていました。そう、どことなくイギリスのオートバイを意識できる方があれば、このミーティングへ参 加でき るのです。
 「これから、古いイギリスのオートバイに乗りたい」として、その参考に、と参加される方も以前は沢山居らっしてました。
 過去、一度SRで参加しましたが、私としても実際にT-140Vに乗っているのにSRしか走らせられない、となると、多くのむなしさが私の心を支配する ように感じたところです。

 そこそ この古いオートバイへの意識が在ればいいのですが、最近は、その意識を持たれている方の心持ちが違ってきているようにも感じます。
 一面での旧車ブームではないと思いますが、この世界に入り込むのに、経済は未だ不振とはいえ、今の世の中ですから、お金を出せば購入 できるし、その上の長期ローンを組むことが一般化していることから、とりあえずの1台を難なく購入できることが、私をそう思わせる要因でしょうか。
 ハー レーが60回払いで購入できる今の時代、一回目の車検を待たずに、残りのローンより安く売ってしまう若い人が多い事実。雑誌での購入をあおり立てるような 記 事。
 旧車にしても、表面だけで、内容を掘り下げて紹介しない記事などなど、実際に旧車に乗ってみられるとお解りいただけると思いますが、おそらく今のオート バイと比較するでしょうから、旧車のネガティブなこと ばかりが浮き上がります。
 そこから踏み込んで、どうすればいいかを考えつつ、手を入れるなどを行って頂ければいいのですが、それもかなわぬことが多いし、受け付けてくれるショッ プも少ない、というのが現実でしょう。その行く先は... 、止しましょう。

 社会の状況からしても、今後、オートバ イを取り巻く環境は厳しいものになるように思われます。
 その中で、過言ではないと思っておりますが、これら文化財保存的な意味をも込めて、古いオートバイも元気で生かし続けるに際しての諸 課題は次代 を担う方々に託さざるを得ません。
 その伝統というか引き継ぎの橋渡し的なものを、私たち、実際に古いオートバイに乗って楽しんでいる者が行わねばならない義務があるのはもっともたるとこ ろです。
 「それをやっていない」と言われると「そのとおり」と言うほかありませんが、少なくとも、私の場合なら、T-140Vを乗り続けることを通して、 このことをアピールし続けるのだ、という気持ちを持ち続けこととしております。
 この両日に花園村で会した方々が2年後もやむを得ない理由を除いて来られるかどうか、大いに疑問であります。


 私にとっては、非常にいい条件の下でのミーティングでした。来年は清里です。宇和島からだと高知から東京へフェリーに乗って、清里を目指す旅になり、行 くとなると休暇から何から相当困難な状況下での参加になってしまうのです。この件が一向に解決できないため... 。

 それでも、今回はいいコンディションにできたT-140Vで参加できたことに感謝してこの項を終わりといたします。



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