夢のQuadra(はじまり)
 1991年初冬、同僚M君曰く「Boneさん、そろそろMacにしましょう」MAC LIFE誌の増刊号MAC LIFE BIBLEを見せてもらう。当時のワープロ専用機が10万円程度、僕は僕の作業ではワープロで十分と思っていましたが、ここ半年の間、M君の「Macにしましょう」を聞かない日がないくらいだったし、僕自身も「Macか〜?」と感じてはいたのです。
 ただ、僕の気持ちに音楽関係で少しコンピューターへの思いがあったんです。その当時、録音部門でソニーのPCMプロセッサーを高価、という理由で購入できなかったし、その後に出たDATの大きな普及はないように感じていました。単純に考えて、VCRテープを使用して行うソニーのPCM録音が今のCD-Rと同じように、CDもアナログディスクもカセットテープもコンピューターを通しさえすればディジタル化してPC用カセットのテープに保管ができる(という、僕の勝手な断定が正しい)はずだから、そのためにはどういった機種を選べばいいのか真剣に考えてたいた時代だったんです。
 家の失火によって聞けなくなったアナログディスクを含めて、所蔵している膨大なレコード盤の中でもCDとして再発のないものも多く、所蔵品の中で必要なものは録音の曲目数とか曲順など、なるべくオリジナルに近い状態でバックアップを取りたかったんです。したがって、現在のCD-Rの普及状態を当時から考えていたわけなのですね。今だから言うけど、どれだけこういったことをパソコンショップなりオーソリティーに説明しても、必ず「MIDIですか?ハードディスクレコーディングですか?」と聞き返される始末。現在のCD-R(W)の普及を考えると、当時の僕はアマちゃんなのに、進んだ考え方をもっていたものだ、と妙に感心したりしていたわけです。
 そういったわけで、その当時、Macを含めて僕はコンピューターそのもの、つまり、どういったものがコンピューターなのかを全く知らなかったのです。唯一シャープのポケコンで、コマンドを説明書のとおり置き換えして処理を行ってみたのですが、レシートで出てくるものは、へんてこりんな英語の文字だけ、「コンピューターって人間の行うことの手助けなんてしないのだ」と決めていました。いや、決めつけざるを得なかったんです。その証拠に職場の端末でさえ、住所の甲・乙の変換に何回スペースキーを押すやら、ワープロ専用機に至っては一向に正確な変換をしないし、学習機能が低かったなど、全くコンピューターってものは使い物にならない、と感じていたのです。そういった気分だったので、使いやすくて、仮にコンピューターを導入して、日本国内での互換性が誇れる機種は何だろう、と考えるのが精一杯のところでした。
 そういった状態でMAC LIFE BIBLEを見たときは本当に愕然としました。Macそのものの操作が一連の作業で済む(ようだ)、というところがえらく気になってしまったんです。しかも、操作が簡単そうで、どんな機種ででも、どんなソフトウェアででも、操作はほとんど同じ、ということに驚愕したわけですね。けれども価格、そう、日本語を使う仕様にMacを仕上げた時の高価さに閉口してしまい、購入するもしないも、それ以前に「金額が」家計に響くことを考えれば、動きがとれなくなるのは明白でした。次に記載するSE/30でさえ、50万円に近い金額でしたものね。
 その年の年末にスッタモンダの末、SE/30の最終モデルを底値と思われる36万円で購入して以来、現在までのMac遍歴になるのですけど、あの時ことさら異彩を放っていたのがQuadra 900でした。その大きさなんか比較のしようがなかったものですから、書面で見た性能とスタイルにすさまじいインパクトを受けたのでした。たとえはおかしいですが、いわゆる戦艦大和でもあって、Apple Macintoshの旗艦と思われたのです。少し古いですが、リサ大きさが普通の写真では分からないのと同様のことで、8年後に入手するまでは、その巨大さに気づくことはありませんでした。
 こういったところで、当時Quadra 900は夢のマシンであったのは確かです。しばらくして950になりましたが、どちらにしても最高峰であり旗艦である、という意識も消えてはいませんでした。ところが数年間、Quadraを追い求めることはしなかったんです。どうせ、こんな高価なマシンを使っていた人も少ないし、満足に日本語が走らなかったんですから、中古でも入手できないであろう、というあきらめにも似たものが僕を支配していましたし、職場にもIIciがあったので当時のOSである漢字トーク7.5.5辺りで使う分には何一つ不自由はなかったのです。例の映画ジュラシックパークQuadra 700が使用されているシーン、そう、映画の中でも全くMac本来の姿で使用されていたのを見つけて、俄然購入意識に目覚めました。その時はとにかく700だ、これならまだ大丈夫のはずだ、と頭の中はQuadra 700で一杯でした。
 本当にひょんなことから、1998年にオリックス・レンテックのリースアップ品のQuadra700が元箱以外のフルセットで運良く安くで購入できたのですが、当時流行の改造であったPowerMac 7100のPPC601マザーボードを組み込むのに稚拙な方法を採ったので、筐体を壊してしまいました。このマザーボードのみ保管しておき、間髪を入れず別のショップで再度Quadra 700を1台購入して、それには7100のロジックを失敗なく入れており、もう1台は札幌のDoー夢で購入して、これにはオリックスからのマザーボードを入れて、ノーマルのままで保管をしています。7100の入れ替えマザーボードは職場のIIciに入れて、すべてのマシンが快調に作動しています。
 人様が見ると「アホかいな?」と思われるでしょうが、ま、Quadra700はいじる楽しさを十分味あわせていただいたので、次なるはQuadra 900、それ以上に当時の最高峰950を目指すことにしました。
 いや、目指さざるを得なかった、というのが本音です。そうしないと僕の気持ちが落ち着かないのです。妙な性ですが、こうまでなったのですから、Quadra700同様にQuadra 950も、どうしても完全なものがないと落ち着かない、というやっかいな問題が出てきたわけです。余談ですが、Quadraと名前が付いても、僕のイメージは700と900、950でしかありません。650、475はあくまでMC68040のCPUを積んでいるマシンでしかないし、Quadra 840のミニタワーはどちらかというと、PowerMacに譲ると決めているぐらいですから。
 Quadra 950にまつわることは以前にレポートしたのですが、およそ次のようになります。ここから始めることにいたしましょう。
ついにQuadra950を購入する
 僕はSE/30からMacを使い始めたことは申し上げました。そこから過去のマシンに興味を示し始めたことも申し上げました。
 ちょうどMAC LIFE増刊のMAC LIFE BIBLEを手にしたときでした。そこに周囲を圧倒する(ようには感じなかった)タワータイプのコンピュータを見つけました。それがQuadra900でした。その時Quadra 700はIIciと同じ大きさは分かってましたが、Quadra 900の大きさまでは気にもとめていませんでした。Quadra 900も700もCPUが漢字トーク6.0.7を含めて日本語が使えないことと、当時の価格(1,500,000〜1,900,000円)からして、すべてが次世代のコンピュータであり、System7の時代でのマシンであることだけはうすうす理解できました。しばらく後、900はクロックアップと表示能力を向上させた950になりました。
 が、先に申しましたとおり、SE/30だけしか持っていない当時、Quadra 950の大きさは想像がつかなかったのです。そうするうちにOSがSystem7シリーズになって、CPUもMC68040が一般化し、縦置きマシンもQuadra 800になり、ミニタワータイプが主流になりました。しかし800でも横幅はあり、大きい筐体には変わりがなかったのです。急速にPowerPC搭載マシンが一般化し、OSが8にまでアップし、それまでのトップモデルであったQuadra 900、950も記憶の外に葬り去られてしまいました。
 1998年秋、高知市の「エレクトリックパーツ高知」で何とも言えない巨大なMacを見つけたのです。フロントに本当に小さくMacintosh Quadra 950と書かれていました。「あー、これがあの... 」、価格を見ると当時からすれば中古ながら破格の29,000円、付属品は何も付いていません。動作確認のみ。我が家に導入しても図体ばかり大きくて、利用価値などない上に、仲間からはバカにされること間違いなしだから、その場は諦めて帰ったのですが、数週間後には売れていました。
 Quadra 700とともに生産停止から7年を経過してパーツがなくなってきているし、一般では丈夫で壊れないのでサーバーマシンとして活躍し続けているわけで、逆に中古市場に出なくなったのでしょう。だから、あのとき無理してでも(29,000円ですから考えるほどの金額ではなかったので一層)買っておくべきだった、と思っていたのです。購入しておけば、またまた僕のMac遍歴は変わっていたかもしれません。
 その上に、手持ちのQuadra700の筐体を改造し、PowerMac 7100のロジックボードを移植したものを作って使用しているのですが、雑誌などで報告されているのとは違い、その快調さにはびっくりしていたものなので、Quadra950が一層欲しい、と思いがつのるようになったのです。
 翌年4月、インターネットで検索中に偶然にも札幌の"Doー夢"にそのQuadra 950が残ってました。金額は現状で34,800円。付属品は電源コードと純正マウスのみ。当然Workgroup Server 9150のロジックボードが無改造で装着できます。そこへG3カードを持ってくると、いとも簡単に現在のマシンと同じ程度になるわけです。強大な電源から始まって、すばらしい拡張性、今でも色あせない僕の最高峰のマシンがようやく手元にある日々。とりあえずは、CD-ROMドライブのマウントキットを滋賀の"クラシックボックス"より購入しました。
 しかし、問題がないわけではありません。いうまでもなく、その大きさです。部屋に入れると一層巨大さを際立たせます。部屋中にある、ありとあらゆる“物”というものを圧倒し、その存在感が異常です。要はPowerBookの外箱の1.2倍ほどの大きさ、合成樹脂製筐体の強さは80kgの僕が腰掛けても平気。そのようななものが鎮座するのですから、すさまじいものです。
 妙な気分ですが、どうしてもこのマシンの方が少し前のタワー型G3Macよりいいものに思われてならないのです。本当に不思議なことではありますが。
 
 

 CD-ROMドライブを装着している状態です。


Quadra900をPPCマシンにする(1)

 さてさて、Quadra 950Workgroupe Server 9150のロジックボードをいきなり入れるつもりでいました。が、ネット上で改造記などを拝見すると、ボード交換だけでは、どうもマシン自体の安定性に欠けるようなのです。戦艦大和、武蔵の姉妹艦である航空母艦「信濃」のごときものになってしまうように感じたのです。発熱して暴走するCPUから始まって、PPC601を120MHzまでクロックアップしているボードなのだからしょうがない、といえばそれまでですけど、これが80MHzのものでも発生するとなると少々困りものなのです。G3カードを入れてもいいのですが、今度はグラフィックアクセラレータの決定打がありません。
 カードを装着してマシンのアップグレードを好まない僕の性格も含めて、計画がガタガタと崩れ去ったのです。Quadra 700にPowerMac 7100のロジックボードを入れたものは今でも使えることは分かっています。事実、我が家ではサブマシンとして動いています。
 決してWorkgroupe Server 9150のロジックボードを装着しない、というのではないのです。いずれはやってみたいのですが、そうなるとこのQuadra 950をもう一台入手する必要があります。そちらには、ぜひWorkgroupe Server 9150のロジックボードを装着してみたい、と考えています。とにかく、ボードの入れ替え前にワンクッション置きたい、この巨艦がごく自然にPPCマシンとして動く姿を見たいのです。しかも十分な互換性を持って動くことが重要だし、リスクも少ない。こういった方向性を持たせたかったのです。この時点ではOSのバージョンは気にしていません。
 本当にPowerPCマシンの魅力は高いのです。MC68040もいいのですが、PowerBook 500シリーズも純正とNewerテクノロジーで完全なPPC化の互換方式を採っていました。Quadraシリーズを始め、MC68040のデスクトップマシンにはDayStarDigital社のPPC601カードが現在でもSonnetto社からプレストシリーズで復活しています。Quadra 700、950は40PDSに装着です。キャッシュカードと同じ考えでいいわけです。つまり、作動は本体の一部として行われる、という考えでしょうか。
 しからば、純正のPPC601のカードをさせばいい。現に仲間内のN造船ではQuadraがこの純正のPPCカードを装着してサーバーマシンとしてCADなどの操作をサポートしていたし、純正カードを差し込んで、エクステンションをONにしておしまい。リスタートしたらPowerMacになっていることが妙にいいな〜、という気分にさせたものでした。しかし、現在ではメインマシンはG3、G4の時代です。本来の作業は今のマシンに譲るのがいい、という考えに入っていたし、PowerBook 400を購入してからは一層この気分は強くなっています。
 このことに加えて、プレストは4万円弱します。おまけに純正品のカードは見かけることはほとんどありません。プレストに4万円の費用を投入してまでQuadra 950を使ってやることがいいかどうか。僕はそこまでして動かす必要はないし、そのままの状態でQuadra 950が持っている多くの機能を別の面で使ってやる方がいい、と考えます。
 いっそのことWorkgroupe Server 9150のロジックボードを装着して、使ってやった方が金額の関係でも72PSIMMだけが違うため、ラクチンかもしれない。全く元の木阿弥、一体何をやっているのかしら、と考えることしきり、の状態で、堂々巡りをやってしまって、肝心の目標が消えかけてしまっていました。
 とにかく、純正のPPCカードだと、数種のエクステンションは漢字トーク7.5.3のシステムディスクにあるのです。カードがあれば簡単に....。ククク.....、残念ですが、ここで断念か〜。
 真剣にこれらのカードを追い求めようとしましたが、純正品は発売当初より人気があったし、中古は巷に少ないはずだ、と考えて、Quadra 950はメモリーとV-RAMをアップしたまま眠りについていて、アップグレードをあきらめかけていた気分が半年以上になりました。PowerBook400が完全に僕のメインマシンになってしまって、古いマシンのことなど気にするのがおかしいような、ヘンテコリンな気分での毎日が続いたいたわけです。もちろん、こういった作業を毎日意識していたわけではありません。仕事のこと、関係団体のこと、バイクのこと、友人のことなど、日常のことをそつなくこなすことの手助けにPowerBook400はピッタリだったんで、コンピューター関連では何もかも気にならなくなっていた、というのが本音です。
 たまたま、雑誌からQuadraシリーズ、それもタワータイプのQuadraを愛用しているMITSUYOSHIさんのページを知り、北海道在住の氏のホームページで札幌のキュービックというショップを知ったわけです。何となくネット上でそのショップへ訪問していたとき、何気なくトップページの改訂とジャンクコーナーのアップを知り、本当に偶然に、ジャンクコーナーのところをクリックして、この純正PPC601カードを発見、とあいなったわけです。この日、8月31日だったのですが、たまたま夜半だったもので翌日電話をしよう、とイライラとも不安とも付かない気分で、おやすみしたわけです。同じ札幌のDoー夢でPowerBook 100を購入したときもメールを入れていたんで、今回はダメかもしれない、という気分、逆にショップが小さいから大丈夫だろう、という気分が混じった上に、暑さで寝苦しい夜でした。
 翌 9月 1日、開店時間の午前10時過ぎ、祈るような気分で電話をしました。昨日の気分が支配していて、「もし売れていたら....」と考えると嫌なものです。キャラバンラボのQuadra 950もすんでの所で逃しましたし、昨日メールを入れておくべきだったか、と思いながら、まずはダイアルをしました。
 電話に出られた方と僕の言い分がかみあわずに受け答えがチンプンカンプン。ようやくのことで理解いただいて「在庫あります」の返事。一瞬瞳がハート色です。何しろ10万円近かった当時のカードが6,800円なのですから。早速発注して9月4日の到着を待つこととしました。
 いよいよQuadra 950をPPCマシンにしてみる計画が始まるのですが、ここからは次号に....。

[もどる]

inserted by FC2 system