新たなPower Book 5300csを迎え入れる

 2004年8月も下旬になった頃、ヤフオクで本当に綺麗な5300cs を見つけた。元箱に入れられたモノはどことなく「頼む、使ってくれ」と言わんばかりのオーラを出していたように感じられた(爆)。
 その商品の前後に5300シリーズは出品されていたが、手持ちの5300CSの状況からすると、本体部分だけで事足りるのだから、3,000〜 5,000円までの範囲と限定すれば、マザーボードなどは不動でもよい。およそ通常の作動状態の5300csだと、適度な完動品はエレパでも購入できるの で、今後のためにも、今回は少々値が張ってでも「この5300cs」ゲットすることを目標とした。
 案の定、結構の金額になってしまった。
 落札の翌日(8/30)に振り込んでその次の日には台風16号の襲来とともに到着したという、極めて阿吽の呼吸での入手になった。5300csをはさん で、出品者とのやりとりも非常にスムースであった。
 届いた5300csを開封して「アッ!」と、思わず声にしてしまった。
 以前に記した理由のように、最近までこのモデルを無視し続けることになったのだが、数回の修理で完全となって、売却までのわずかな期間使用した、「あの 5300cs」と全く同じものがそこに鎮座しているではないか!。こんなことがあるのだろうか?! 。一瞬目眩がし、息が詰まりそうになった。

 もちろん、売却した5300csは今のオーナーが持っているのは確実だし、今回入手したものは全くの別物であることには間違いがない。それでも、僕が一 部予想を含めて紹介した5300csの顛末は事実だったのでは... 、と思わざるを得なくなった。

 写真をご覧あれ!。



 まずは外箱から。確かに貼付された仕様ステッカーはシンガポール工場でのアセンブル製品であり、本機のシリアルにもSGの記載があった。国内での輸送は 1995年5月3日、埼玉のApple流通センターから大須のOAシステムプラザへ23個口で輸送されている。



 シンガポール工場での組み立てであるはずの5300csの底にあるステッカーには紛れもなくAssembled in USAになっている。ところがシリアルはSGから始まる元のまま。
 まさしく、僕が売却した5300csと全く同じ状況なのである。

 が、違いが少しばかりあった。
 ディスプレーが通常見慣れている色調のパッシブマトリクスとは違い、どちらかというと、東芝系列の液晶に近い赤が少しかかった穏やかなものになってい た。

 ACアダプターが中国製になっており、5300csへのコネクターコードが当初の日本製のものより細い。そのためDuoのそれと同じケーブルの収納方法 が採られる。アダプターそのものもパスする規格が異なっている。これも写真のとおりだ。
 上が新しいもので、下が手持ちの元のものである。





 ボトムの筐体が変更されている。同様にディスプレーハウジングも変更になっている。わずかだが、ハウジングと筐体の他の部分の梨地加工の荒さと色調が違 う。
 推測だが、ヒンジも3400 シリーズのものに交換されているのかもしれない。通常の5300シリーズよりは反発が緩やかに感じる。ヒンジの反発力はディスプレーのハウジングとパーム レスト部分を壊す一因であることが理解できる。5XXシリーズも同様である。
 3400cのユーザーレポートは、ディスプレーヒンジを5300シリーズのものに交換するとしっかりする、と示しているのを読んだことがある。



 これからは、今回入手した5300csから、僕の持っていたものとから、どういった状況であったのかを考察してみたい。
 今回のものと売却したものとの製品概略は同じであろう。おそらく、ことはAppleがリファービッシュ製品、ということから始まるのは間違いがないは ずだ。
 このことはいずれの元箱にも保証書等のビニールケースが取り去られていることにある。当初からの製品ならビニール製のケース部分が残っているはずであ る。
 売却したものの不調は、ディスプレーのちびまる子ちゃん現象から始まった。これをクイックガレージの大阪店へ修理に出した。その時は本体だけの送付で あった。
 帰ってきたものはディスプレーのハウジングがダンパーを介してギンギンに締め付けられ、ネジの締め込みが強すぎてハウジングが変形しかねない。ヒンジ部 分とパームレスト部分の本体の樹脂製筐体が変形しかねない不安に苛まれながら使っていたが、再びちびまる子ちゃん現象が起きる。
 このときはPower Labからアップルケアに加入して修理、ということになり、完全に別物のUSA組み立てのすばらしいものになって帰ってきた。
 このいきさつから考えると、今回入手したもののACアダプターの違いは、5300csを動かす全てを送っての修理だったのであろう。
 さて、今回入手したものは、リファービッシュを2度行うことは考えられないため、OAシステムプラザからリファービッシュ製品を購入された後、何らかの 事故発生によってアメリカ本国に送って、アップルにて修理をされたものであろう、と推測した。これが名古屋など都会の優位さである。地方ではどうしても、 安い確実な修理を行ってくれるところを探すのが常である。1995年当時、インターネットはそんなに普及してはいない。
 当然OAシステムプラザ関係での輸送だから、先に記したように、本体だけではなく、製品の整合性などもあって、ACアダプターともども修理に出すことが 前提になっていたのではないだろうか。
 僕自身もAppleの在宅修理でPismoのアダプター関係はアダプター本体とケーブルを別々に交換を行わざるを得なかった。このことからしても、最初 からアップルへ修理となれば、ACアダプターも送ることが必須であろう。
 売却した5300csはアップルから修理完了となるまで3週間程度必要だった。おそらく、今回入手したものも、修理完了まで、かなりの時間がかかったの ではないだろうか。

 思うに、Appleも5300に対しては、最終時点ではあるロットから以前の製品でAppleに持ち込まれたものはアメリカ本国で修理をされたのではな いだろうか、と考えるのだ。
 この部分を見てきたかのように僕が推測できるのは、3400シリーズではことのごとく改善されていたからである。5300シリーズのコンセプトそのもの は決して悪いものではなかったのだが、筐体の一部のものは弾力性に欠けるとかで、ロット間のバラツキが非常に多かったこと。その筐体がどこのアセンブル工 場へ回されるかでずいぶんと市場に出回る製品でのバラツキが助長されたのではないか、ということ。それにACアダプターのコネクター部分が細いとか、と いった問題の解決ができなかったことに尽きるのである。
 この理由は、多くの5300(190)シリーズがシンガポール工場で作られた製品だろうが、僕の確認では、エレパでも見たように、最初からのUSAアセ ンブル、台湾アセンブルのマシンが存在することによるものである。

 さ、現状では、僕の5XXシリーズが復旧できないままになっていることから、当面は5300CSが我が家でのメイン機種になるのだろう。
 今回の5300csを入手したことが、何か大きい堂々巡りをしてしまったようにも感じる。予測をしづらいが、今回入手したマシンは向こう数年間は故障無 く動いてくれるものと考える。


現時点でのいい状態の5300csを作る
やってきたモデルをばらす。所々は手持ちの5300csと比べてどちらを使うのかを判断する。筐体そのものはAAの記載のあるものだから1996年後期か ら1977年生産終了までのモデルであることには違いない。シリアルステッカーのベースが薄くなっていることから、元のシンガポール工場製モデルから剥が して移したものだろうことは想像できる。

 まずは、メインバッテリーをはずして、セオリー通りに裏のトルクスビス3本をはずしてキーボードを浮かせることから始めて、ヒンジカバー、パームレスト の順で外装が剥がれる。内部アクセスはハードディスクハウジングと内蔵バッテリーだけだ。メモリーは増設されていない。最終はディスプレー部分で一連の大 まかな部分は終了になる。キーボードは装着したままとする。
 売却したものもそうだったが、USAアセンブル製品は1997年の修正日付がバッテリー下に当たる銅板のシールド部分にスタンプがあるはずだ。
 このことから、1997年の後半まではAppleを通してかなりの数がアメリカでの修理はされたのではないだろうか。
 ディスプレーはどちらにせよ、ちびまる子チャン現象になったときの対処パーツとするため、手持ちのギプス装着のものに変更した。
 メモリーは手持ちの16MBを装備した。内蔵バッテリーは不良だったため、手持ちのものから移した。
 ハードディスクは一応、手持ちのPB190に装備されていた500MBを使っていたので、OS 8.6のまま換装した。パームレストはクリックボタンが変形していたので、手持ちのものから移した。
 キーボードはキーの反応がイマイチの所があったので、新しいものをそのまま使うことにした。

 手前味噌ながら、不良といわれていた数々のパーツは1977年当時の最新の最後の5300csに変更になったところだ。
 その意味で見つめていると、フッと3400が浮かび上がってきた。悲しさがぐっと込み上がってくる。今、日本で、世界でどれだけの5300シリーズが動 いているのだろうか。
 3400から発展した最初のG3カンガもウォールストリートが出現して5300と同じ運命をたどってしまった。もっとも5300は1400に取って代わ られたが... 。
 それでも、5300が持っているもののいくつかは1400にはない。1400の筐体は大きさを変え、そのままDELLのLatitudeに取られてし まったし、ウォー ルストリート以降のG3シリーズに受け継がれることとなる。
 5300がリリースされたのが1995年、それから1年、1400がリリースされる。そして1977年に3400がリリースされることになる。アメリカ で修理された5300の欠点部分の多くのノウハウは3400に引き継がれ、5300の修理には、それがフィードバックされたパーツが移植されているに違い ない。
 思い出に浸っている場合ではない。ここ当分は我が家でのメインマシンになるんだし、しっかりがんばってもらわないと困るのだから。

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