2010.04.02〜 06.30

2010 年4月2日(金)くもり時々はれ
 仕事での新年度の始まりから2日目。昨日の状況は全くApril foolであった。ホッペをつねったが痛かった。現実であった。これまでのトップの言い回しと行動と270°ほど異なっていたから、僕自身がどうなってる のか不安だったのだ。そういったことと、勤務時間短縮の日の夜間業務だったし、家で落ち着くと午前0時近くになってしまっていた。
 その疲れなどから、今朝は6時半に起床。少し腹が張って、朝はキリンのカフェ・オレ。この缶コーヒーはなかなかイケル。ディスペンダーを捜すのに苦労す るけどね。
 昨日の今日だけど、やはり、昨日はエイプリルフールであったようだ。トップが少しだけ言ってきたから、僕が試されているようでもあった。一層辛さが澱ん でくるようだ。新人さんも少しずつ慣れる。その慣れと業務の要求とが一致するまでは、結構なイライラが発生するから爆発しないように気持ちを抑えるのも必 要なところだ。
 仕事の状況は相変わらずだが、一つだけ自己を取り戻すことが出来たものがある。それは、退庁時間が15分短縮して午後5時15分になったことによる。数 年前、民主党のバカ議員が15分間の税金の無駄遣いを指摘したから、人事院も渡りに船で公務員バッシングをやられた。以来、退庁は5時半であったのだ が... 。
 少しばかり片付けをして帰宅しても、5時45分。以後、夕食までのしばしの間、ノンビリできるのだ。これまでならアクセクして大変であった。ことに冬場 は。
 本当に、このゆとりは何なのだろう?。たかが15分だが、1日の時間割からすると非常に重要であることが解るはず。市長は時間と賃金を前に出して、この 時間短縮実施を他の自治体から1年間後れを取ってしまった。
 我々は人事院勧告で決められた仕事時間に沿わないようにさせられた、今の市長はブレーンも悪いのかしら、相変わらず商売人の考えしかないように感じる。
 ま、こういったことも本当は書きたくない。ブログへ一度記載したが、後ろめたいような気分になったから止めた。リアクションはこの日記より大きい。実は 本当だけど、この辺の人には「仕事に貴賤無し」はどうやら通じないようだ。
 気分が良いついで、バイギブの修正を行う。詳しくは本文でとなるが、基本はいいのに、前のオーナーがメチャメチャにしてしまったのがよく解った。ようや く鳴らなく(?)なった。いや、鳴らないJ-160Eらしく鳴るギターになった次第だ。
 明日は、久しぶりにオートバイに乗ろうかな。

2010 年4月3日()はれ時々くもり
 日の「15分」は これほどまでに僕の生活にゆとりをもたらすものなのだろうか。不思議な朝であった。気付いたのは妻が早出勤務で出かける5時半頃であった。低が至る所に在 る彼女の身体だから、僕のようにソソクサとスピードが伴う行動が取れない。それを隠そうとする姿にいじらしさも感じる。この歳でこういった勤務に就くのだ から、僕のエゴを通せぬところだ。それ故の黙りかもしれないし、彼女は彼女の生き方で生きているのも事実だ。
 さて、昨日オートバイに乗りたい、とは言ったものの、この風の強さと気温の低さはオートバイに乗るのを躊躇させる。ならば、控えるのが歳相応の判断だろ う。
 さて、久しぶりにYu-tubeで音楽関係を見ていた。便利になった世の中ではあるが、所詮今のレベルでのことだ。こと、日本の状況は1960年代当時 のフィルム映像なども一般化していないため、アマチュアでの公開はなかなか難しい。ことグループサウンズなど、検索方法は別として、当時ものは皆無のよう にも感じる。
 一つ発見。百均で購入した自転車のブレーキシュー。表面のゴム部分が擦れて無くなると途端に効かなくなる。やはり安物だろうかな。古い話だが持っている プジョーのPX-10Eに装備してあるマファックのブレーキシューはナカナカの優れものだ。表面が減ってもベース部分との間に独特のものがあって、効き目 がジワリと弱くなる。とすると、舟ゴム部分だけ交換が出来るようになっている。当時のヨーロッパの自転車レーシング部門の凄まじさであろうな。国内はサン ツアー、日東などがあった。シマノがそろそろ台頭する時代であった。
 今はまだこういったことも記憶の中だけの世界だ。現実に実現化するには暇がない。定年退職後にでも、というところだ。
 つまらぬ世界かもしれない。が、これほどまでに時間の余裕がない毎日を、このご老体に強いる日本の実情は、かつての時代のようには行かない。僕を含め て、そろそろ死後のことも考えておいた方が良さそうな気がしないでもないのだ... 。
 内面と外面のギャップに悩まされるのも事実だな〜。

2010 年4月4日()はれ時々くもり
 激な安定は僕を不 思議な世界に導く。不思議なことだけど今朝も気付けば午前6時。これはこれでいいのだが、目覚めが違いすぎる。
 淡々と事をこなす。久しぶりにMac3台をOnyxでメンテナンス。別に異常はなかったが、問題はインプットメソッドであった。これが、現在は ATOK2009なのだが頭がよすぎるのだ。語弊があるかもしれないが、どうも何かに特化しすぎるキライがあるようだ。PismoとPB G4 12にはATOK2005をインストールして快調だ。OS X 10.6とインテルマックではこれは使えない。OSとの関係から最低線でも2007だ。サイドの注意書きを見ていると、ATOKの場合は、最近上と下がど うも狭い範囲になっている。10.3でもラストバージョン以上。2008では10.4を推奨している。
 というところから、PowerPCとIntelのチップ共通とすると、2007だ。これが言語表示などから少しばかりダメか、というところ。というとこ ろで、2008へ変更。これがいい。ビュンビュンいく。やはり、OS以外に、PowerPCとIntelのチップ共通という面が重要になってくる。この辺 が、数値だけでは出てこないところでもあり、経験上でないと理解できないところであろうかな。
 さて、こういったいい面が多分に出てくると、思わぬところでミスるものだ。先般SR500にノーマルマフラーを装備して、久しぶりにテストコースを走っ たのだが、途中からおかしな振動が襲って来始めた。ノーマルマフラーとリアステップ部分の取付から出てくるものだろう、と気にはなりつつ帰ってきたのだ が、降車してマフラーの取付角度が... 。
 ギェ〜、マフラーのステップ取付ホルダーからナットが外れている。もう一つはボルトも亡くなっている。ドキリだ。しばらく冷めるのを待って無事に取付完 了。できれば、この部分は今のフランジボルトに変更するべきかもしれない。確かに締めつけていたのに... 。猛反省です。
 としたとき、先輩が散歩中だったので声をかけたのだが、直後によ●◆つのある方がタマタマ整備中の僕を見つけて声をかけてきた。
 以前BMWとビラーゴ(1000)を持っていたのだが、と言いつつT-140Vを見せてくれとおっしゃるので、いいですよ、とカバーを取る。少し錆が出 ているが、ま、イイ方だ、と思う。
 Vツインのアジがビラーゴにはなかった、とか、トライアンフはどんなアジがあるのか?など聞いてくるので、僕もどう応じればいいか少々辛い。そのため、 それなりのオートバイです、と言うのみ。アジなんてものは、そのオートバイが持つものだから、どんなもの?、と聞かれても答えに窮すのだ。
 僕自身、1971年のボンネヴィルが欲しかったが、ウエスギアンプのときと同様、無い物ねだりはみっともない、として750のT-140Vにしたのだか ら。
 昔メグロのK-1に乗ってた、ともおっしゃるため、これは乗ったことがあるから、あれとは全く違いますよ、と。
 振動は?。何もないですね。僕はトライアンフも650に乗ったことがないから、この750しか解らない。応えようがない。
 サビは取れるか、など解らないことをいうので、この程度は大丈夫ですよ、と応えつつ、まさか、と思いつつ次の言葉はこれだな、と思っていたら、案の定、 乗らないのなら売らないのですか?、ときたよ。
 これには当然のように、乗るから持ってるんですよ、と胸を張って言ったけどね。こういった方に譲ると、次に売られることもあるから、このオートバイが可 哀想だ。僕が死ぬとき以上、このT-140Vは走ることが出来そうだもの。
 さっさとカバーをかけてお終い。SR500も無事セットし変えてエンジンをかけて振動が無くなっているのを確認して、作業終了。
 真にオートバイに乗るには、僕のような考えは古いかもしれない。が、フト気が向いたとき、オートバイに接したとき手が下せるかどうかで愛車にしているの かどうか決まる。
 あ、ミラーが汚れているから拭いておこう、とか、エンジン回して、何かオカシイと思うような、そういった感覚がなければオートバイ、ことに古いオートバ イには乗って欲しくない。もちろん、その逆に溺愛しすぎるのもいかがと思うが、たとえば、トラビスサイクルズで組み立てるゾ!の心構えでで入校すると、お そらくオートバイとはどういったものかがわかるのではないか、と思う。
 僕らの時代は、それはオーナーのツトメであった次第。「務め」であり「努め」であったわけだ。退職すると、しばらくトラビスサイクルズへ入校しようか。

2010 年4月5日(月)くもり後時々はれ
 事時間が短いのは いい。たかが15分。されど15分である。これほどゆとりが出来るとは全く意に解していなかった。福音だ。
 あさ、出勤しようとして階下へと階段に足をかけたとき、ドドン、ドロドロというオートバイの音が聞こえた。どこといって耳障りではない。代わりに 結構な音量に驚くのだが、そう耳がいたくなるようなものでもない。そういったエキゾーストノートが聞こえたのだ。
 階下で靴を履きドアを開けて見た時、「あの方々だ」と確信。即座に声をかけにいった。うまい具合に信号待ちだ。一言二言交わせて別れたが、僕自身メ ジャーになったな、と感じた。1台はT-150Vの初期型で、もう1台はT-120R。いずれも九州の方だ、近所のホテルへ一泊だったそうだ。
 昨日、僕のT-140Vを出したけど、悲観することは一切なかった。古いトライアンフからすると、振動も少ないし、結構走るということから、なかなかい いオートバイで、T-120Rとは別物だ。それを「味」がどうのこうの、っていうのだから応えるのは大変なんだ。
 話がそれたが、僕自身メジャーになったな、と感じる。タラレバはないが、昨日、僕の方が先に車両を見つけておけば... 。ま、致し方ない。
 話は変わって、職場のコンピューターの関連業者が富士通へのダイレクトになったそうだ。そのため、サポート状態が今以上に悪くなる、ってことがようやく 解った。3月31日から4月1日になった瞬間、システムがこれほど変えられると業務に支障が出てくる。これほどヒドイとは思わなかったところだ。
 ま、これからボロボロ、こういったものは出てくるのだろう。その都度修正をかけると、コレまでの業者だと「費用が発生します」と言われたものだ。ともか く、イヤ になるほど使いづらいのが、今のメインコンピューターだ。
 昨日から実験しているものがある。いずれ記載するが、ま、その時はね。

2010 年4月6日(火)はれ時々くもり
 というか、夜の会 議に出ていたため19時半過ぎに帰ってきたのだけど、以前のようにせかされるような気分が全くない。不思議なことである。何度も言うが「15分短いだけ」 の結果がこういったものになって、僕の身体が動くようになる。
 当然、前兆もある。というのは、午後4時になると、残り1時間か〜、といった感じになるのだ。一体何年間遠のいていたのかしら。しかし、身体はしっかり と記憶していたようだ。
 さて、所用で三間と吉田へ出向く。確認だけの作業だが、対応するところが別の課というちぐはぐな環境だから、僕や課の一存では決定できない。不便なこと 極まりない。もちろん、これまで同じ課の職員でコンピューター操作に慣れていれば電話で済ませられるが、職員も変わっているし、所属コードから何から違う 環境だから、わざわざ出向いていかなければ確認が取れないのだ。この間2時間。全く自治体合併時と同じような環境に再び追い込まれたようにも感じる。
 ブログに戦艦大和を例にして、デジタルカメラで撮影した データの修正を簡単に紹介した。が、これは、ある程度の技術を要する。しかし、こういったことをしなければ、コンピューター上での写真加工のおもしろさは 解らないと思う。
 別にギミック気味にヤレというわけでもなく、大自然の風景をデフォルメしてウソ写真にせよというのではない。
 僕の言うのは、「実際はもう少しこうだった」、という「実像」に近づけるようにすることだ。そのためには、やはり、フィルムでの写真が必要であろうと思 うし、実際を十分に見届け、記憶することが必要であろう、と確信するのである。
 ま、先月は、こういったことさえ記すことが出来なかった。本当に不思議なんだけど、ここ最近はこういった状況なんだ。

2010 年4月7日(水)くもり後はれ
 日来、永井モー タースにDUCATI SS 900が入っている。ま、それなりの金額だが、僕にも買えそう。跨らさせてもらう。エンジン始動するも、なかなかよろしい。が、そこまでだった。かつての 900 SSの類ではないことが明白になったから。購入したら、結構労力と費用が必要になるのは必須のようだ。
 さて、これも退庁後のことである。こういったことが思いっきり(?)出来るようになった、と良いことばかりのように感じるものの、仕事の時間配分は以前 よりシビアになってきた。もちろん別の要因も加味されるけど、それだけ集中が要求されるため、食欲の方が大きくなって、酒の量がめっきり減った。
 本日は津島へ行く。職員との会話の中で、僕と同じく15分の短縮はイイ、と言ってたので、多くの職員は僕と同じように感じているのであろう。
 これも仕事でのことだけど、電算担当と話をしていて、ケーブルテレビの話で、以前の広告はウソがあったろう、と言ってやった。そうだったのですが、今回 は大丈夫。U-Catのエリア内でもキャンペーン中はお得ですよ、というではないか。ついでに「広報見てないのですか?」と。
 帰って確認してみると、確かに安くなっている。通常のアンテナがトクかどうか、考えてみないとならない。
 そうそう、これも職場での話だが、臨時職員のYさんと大学の学費のことの話として、我が母校の学費の状況を見てみると、40年後の今はナント13倍にも なっている。僕は愕然。40年前のことを言うと彼女は信じられない、の状態であった。
 この前もこのことをブログに書いたが、宇和島〜名古屋間が鉄道で3,600円程度だったのだし、学食でカレーが150円程度。1日500円までで生活 やってた頃だから、今大学生を持つ親には信じられないのは事実だろう。
 そんなことからすると、僕のトライアンフのオートバイは1ドル240円ぐらいでの換算だから、相当に高い買い物であったわけだ。
 今は確かに生活は厳しいけど、そこを生き抜く知恵もない上に、慎ましい生活をするなどのことが出来ない時代になってしまったのかもしれないな。

2010 年4月8日(木)くもり後はれ
 間は暖かだが風は 冷たい。こういった花冷えの日々が続いている。というところで、少しだけボヤキを。
 というのは、カードの差し替えで、ここへ行かないと、と思い電話。当然徴収なんだが、いきなり来たよ。「係長が率先して徴収に行かずに、自主納付を呼び かけるべきだ」とね。
 イチイチこういったところで言うな、というのが僕の言い分だが、うまい具合に「この方は目が不自由なんでね」と。
 すると、そういったことは知らなかったので、と。
 これまでなら切れていた。が、フンフンフンフン、で済ましておいた。
 僕の受け持っている対象者は600人。そのうちの何らかのリアクションのある者が400人程度だ。それらを全て網羅する必要は僕はない、と確信してい る。この徴収 業務は、今の課では避けて通れないところだ。それを頭ごなしで言われるとカチンと来るのは事実なんだ。これを自主納付にするのなら、毎日電話を50本、臨 時戸 別訪問を20人、ということになる。
 在席人数を減らされ、人事異動でベテランを2人減になった今、僕のやることが多すぎる。そんな中でトップからいちいち何やかや言われたくない。言われる と、それに対応するだけで10分以上かかる。その上、トップがカチンと来たら... 。全く疲れてしまうのである。
 さて、課員の一人のパソコンからのプリントアウトの不具合発生。その対策のため少し帰宅が遅れたが、それでも午後6時前だ。マジに信じられない余裕。 エ〜?!。マ ジ〜?!。ここ数日感じていることである。
 本当に15分だけだが、その恩恵は凄まじいものがある、というのが昨日同様感じられた。

2010 年4月10日()小雨後くもり後はれ
 気予報も当たらな い。自然の摂理を予報どおりになるとすると、実際はつまらない毎日であろう。占いが当たらないのと同様だ。たまに的中すると、それを商品化する輩が出てく る。こと、財布に至っては、金運のみの内容だ。主が作った。それを信じたものが「金運のみ」で大当たり。このタイプの記事が多い。主とそれを商品化したと ころはどういった気分で応じているのだろうか。
 これは色に始まって、星の関係などにいたって、ここ最近も新聞の折り込み広告に出ていた。今回も2回出た。かつて、僕はこれを少しばかり信じて、自己流 でやってみたが変化はなかった。以後、バカらしくて止めている。
 一つのヒントは、洋画で、無造作にポケットから札を出すシーンがある。日本では「お金を粗末にする」と顰蹙をかうシーンだ。極論すると、アメリカではお 札のシートをテメエでハサミで切り取っても使える、ということだ。
 では一流の方々は財布か?、というとそうでもない。かつては小切手であり、現在はカードであろう。僕の浅学かもしれないが、洋画のシーンでレストランで 財布から札を出すシーンを見たことがないのである。
 僕は、こういった信じることに同調はしたくない。これだけのことだ。
 つい、天気予報から、こういったことを記載してしまった。お許しを。奥の財布は本日も銀行のディスペンサー回りだ。ゲルピン(古〜)である。

2010 年4月11日()くもり後雨
 8時、龍馬伝を見 ていた。人斬り以蔵を説得する場面、加尾とのひとときと勝倫太郎を紹介するシーン。いずれも男の場面からのシーンであった。加尾からすると、ひとときは台 詞の通りであろう。いよいよ始まる、という気になる。
 あらすじを言ったところでどうってことはない。加尾と龍馬のシーンを見ていると、今の我が夫婦みたいだ。真面目に。今の夫婦で、相手を尊重するってこと があるかどうか難しいところだ。銀行からの通知を勝手に見てみたり、プライバシーなど存在しないのか。一番近い男女であっても、お互いは他人なんだから ね。根本の個人は守られるべきだ、と僕は思う。
 これとは別に、今の政局を見ていると龍馬が生きたこの時期から変わらない考えと、大胆な行動を持つものが現れぬだろうか、とも思う。ここから、明治に至 る。その後にワイマール憲法を踏襲したときから、第二次世界大戦まで... 。
 よそう。歴史を変えることは出来ない。龍馬は人気があるが、ここいらで一つ「もし龍馬があの当時の年齢で今生きていたら」ということで、今の時代を検証 してみては如何だろうか、と思うのだ。
 さて、気温は高いが天候は不順だ。暑ささえ感じてしまう。午前中に、スーパートラップを少し触る。まだ発表することは出来ないが、おそらく... 、ということは解ったので、大丈夫と思う。ほんの少しのことだけど、結構結果は大きく変化するもののようだ。
 さ、明日から仕事。妙に落ち着いている。3月までだとイライラが先に来ていたが、15分短縮になった今では、そういったことは感じられない。良いこと だ。

2010 年4月12日(月)雨一時くもり
 実と夢の境で目が 覚めた。体調はそう悪くない。昨夜はコテンといったもの。意外にもスーパートラップの作業がそうさせたのかもしれない。作業しながら結構アタマを使ってい るようにも感じる。
 昨夜来の雨のため、長靴を履いて徒歩で出かける。雨に濡れて自転車通学する高校生、カバンを濡らして平気で自転車に乗る高校生など、昔とは大きく変わっ てしまった、と感じてしまう。
 こう書いたところで二番煎じか。ま、ここ最近は学校へも足を運ばなくなったし、行きたくもないのが僕の気持ちだ。児童殺害事件以降、学校が一般人に全て を閉門するような道を歩み始めると、善良な一般市民と学校間の普通な関係は、在学生の保護者を除いて確実に希薄なものになってしまう。
 逆に言うと、学校側でも一般世間のことは理解できずに、指導要領にそった学習のみをやってしまうことになるのだから、困るのは児童生徒であろうかな。
 昨夜からの雨は午後には一時的に上がった。夕刻からの雨が再び路面を濡らす。いつも思うのは急峻な山と深い海が間近のこの町では、風光明媚など、あまり 言えない。
 少しだけ不安なのは、ゴールデンウィークがどうなるか、ということだ。これがいい方へ出るとGOODだけど、連続して雨になるとどうしようもない。今年 は少々やってみたいことがあるので今から気にしている。
 とはいえ、田植が近い今、雨は必要。夏の雨乞いをやったのは数十年前だ。いい時期に須賀川ダムを造っておいてよかった、と思うものの、あの時は右肩上が りの人口増加には対応できない大きさ、と言われた。ところが自治体合併後に人口が激減するなど、誰も予想できなかったのだから、僕自身は素直に「須賀川ダ ムが在ってよかった」と思うだけのことだ。
 そうそう、北フジの横の河川改修。あれ須賀川なんだけどね。少しは流れが良くなるだろうか。画一的な改修は動植物の自然のサイクルを壊す。辰野川のエル ボ部分から下流の両岸の状況を見ればお解りだろう。治水が主だろうが、水辺の動植物の命を奪うようなものはやらない方がいい。今の内から見極める必要があ るな。

2010 年4月13日(火)くもり後時々はれ
 夜はメーデーの実 行委員会。本日は連合地協の幹事会、明日は執行委員会、と夜の会議が続くが、3月までのようにイライラした気分が全くない。不思議な感じだ。ほんの15分 短いだけだのに。
 ま、快調だが、ゼニ面は大ピンチ。2月3月は給料日が数日前だったので、この点大いに助かったが、慶事に弔事が重なって大ピンチ。それの尾を引いてい る。今日など金曜日の歓送迎会の会費の前徴収だから、通帳のやりくりが大変だ。おまけに職場のゆうちょのディスペンサーがプログラミング更新中で使用でき ない。水道、ガス、保険料などの毎月の生活費は引落し日が分かっているものの、大半の引落しが午後にもかかわらず、水道代などは休日が重なると翌日の午前 中に落ちるから、少しばかり頭に来る面も多い。最低でも3,000円は確保しておく必要があるからやりくりは大変になる。最悪は魔法のカードだ。
 さて、本日は遅くなったけどwww/Gridのアップロードを行った。数本のアップだが、文章とフォルダーは準備完了。項目の控えどおりアップする。そ れでも1時間も費やす。ごちゃ混ぜのブック形式のホームページだから致し方ない。
 ホームページをアップしながら、SRやTRIUMPHのオートバイ関係のホームページも少なくなったし、アップできていないサイトもかなり多くなった。 ブログも最近は低調気味かな、とも思う。僕はどうしてwww/Gridなどというホームページを立ち上げたのだろうか。
 理由はあるのだ。ペーパーベース時代は一刊がB6の用紙8枚程度だったからB4のコピー4枚が必要だった。何とか的確に安く上げたい。そのために途中か らweb版とペーパーの両方でやってた。それが12年前のことだ。ほぼ半年ほど続けて、小誌はweb版だけになった。ところが、今度は紙面にたとえると、 あまりに少ないし、コンピューターの性格上、記事は保管が出来ることから、コラムを少しずつ増やしていった。光通信になる少し前、今のパターンになった。
 が、今度は逆に、この日記やブログだけ、あるいはオートバイのSRだけを閲覧する方々の方が多くなってしまった。検索ソフトであっても一発で小誌がヒッ トすることはない。Yahooで「Boneの日記 www Grid」と やるとトップでヒットする。Googleでも同様だ。
 ま、こういった経緯で今の小誌があるわけだ。それにしても、よく11年も継続できたな、と自画自賛でもしたくなる。これこそ、バカげているけど、現実に は世界レベルでの話だから有頂天にもなってしまうのだな、と再び自画自賛である(爆)

2010 年4月15日(木)雨後くもり
 はシトシトの雨で あった。昼前には本格的に降って、午後には上がった。これだけなら普段の日である。雨は春雨... 。
 が、本日は困ったことに、外気温は全く上がらない。朝の予報は11℃を予想していたが、全くそのとおりであった。
 状況はブログで紹介しているので割愛するが、今日は別枠でトップが課員の一人と大口論になって、一面では愉快であった。ことの始まりは、納税者が「ここ の一番偉い人と話をしたい」からであった。
 その時、出勤日ではなかったが、たまたま来朝していた、この方の担当の課員と少しばかり話をしていたわけだ。
 てっきり滞納者かな、と思って3人で応対しようとしたら、本人が大きい金額でもないし、自分も留守をするので...、と言いつつ、これだけの人数はいら ない、悪者でもないから...。
 その瞬間、僕はトップから席に戻ってかまわない、と言われて席へ戻った。残ったのは、2人と担当の課員となった。トップが主となっての話の途中、担当 者の携帯へ電話が入り、その場で立って話をしていた。電話での話が終わった。その間はトップが主となって話をしていたようだ。
 当該 の納税者は帰ったのだが、そこからがバトルの始まり始まり...。
 いきなり声高にことが始まる。どうやら、トップは話し合いの途中で担当が携帯で話をするということから、自分の考えをダイレクトに話してことを進めた。 担当者は、直接の担当である自分をのけ者にして勝手に話を進めるとは何事だ、との思い。

 この食い違いで、担当者がキレた、というか、お互いが譲らないんだな。これが長々続く。もうアホクサイので気にもならないわけよ。僕はお互いが折れれば 済むことではないか、と思うのだがネ〜。
 その上、後になってトップの自分は... 、という念押しの作業が始まるから、僕ら大半の課員は「またか〜」の気分で無視したような感 じで、仕事をしていた。

 このことを我が身のこととして置き換えることができなかったが、やはり、キレルのは一発に限る、と改めて考えた。大声上げてはいても「ガン コ=強い」とは限らないし、言い合いの後のことを考えると、その場はその場でケリを付けた方がいい。
 不思議なことだが、4月に入ってカーッとなることもないし、結構冷めている自分自身が妙におかしいとも感じるのである。

2010 年4月18日()はれ時々くもり
 、 変なことで目が覚めた。いつものように午前5時ぐらい。それからウトウトして起きたのは7時だ。その前に「なぎら某」のスループジョンBのことをやって た。妙に英語の歌詞が理解できてしまって、アー、これだな。どの辺まで相手の喋り方の理解が出来るかで、英語力ってーのは解るな、と感じた。
 さて、午前中にスパトラ改とBORE-ACEのSST-1を組み合わせてテストをすることにした。ふとビハインドにあった考えを実施することになるかも しれない。それは、2年後の今を少し考えて、ということだ。
 ま、結果は素晴らしいものであった。これで、当分の間SR500は安泰だ。不思議な世界ではあったが、紛れもなく事実だ。これでいい。
 夜は久々に酒を楽しんだ。いや〜、こういったのがいい。この歳になると大宴会もゴメンだ。大宴会でも見えないカーテンを張って孤立をすべきだな。一昨日 の歓送迎会でも同様だ。もう少し... 。が、時間制限のある席は苦手だ。
 これで、連休のオートバイ運びが楽になる。トライアンフも大きな間違いを起こしていたのではないだろうか、と最近つくずく思うようになってきた。
 同時に、そろそろゴシップめいたことも控えたいかな、と感じるようにも。理由は簡単だ。田尾三者の立場からすると、僕に賛同している方も多いが、その後 のことカラすると、損得がはびこるから。こと仕事場での立場ではね。それゆえ、ゴシップ関係もゴク手短にやりたい、ということにしたまでだ。

2010 年4月19日(月)くもり後雨
 が降るのは分って いたが、自転車で出勤。悪口は言わないと言ったものの、トップ陣が出張なので、少しばかり安堵。
 が、そうは問屋が... 。案の定、固定資産税の納付所が出たから、その関係での野暮用が入ってくる。電話交換手が相手から「固定資産税」と言われると、すぐさまココへつながる。 実際は隣の税務課の業務関係なのだがね〜。
 こんな状態だから集中して一つのことをこなせない。今の状態だとこれが一番つらい。明日は夜少しやらないとならないかもしれない。
 はっきり言って、よほど一人の持ち分の仕事量が少なくなければ、今の陣容では一人ずつの負担が大きすぎるようにも思う。今の市長が次期市長選で当選する とは考えられないから、新しい市長になると、このぎりぎりの人数で回している市行政部門のツケが一気に来るだろう。ということは、その時点から以降... 、止めよう。予測で言うことはできないからね。
 野暮用で警察へ出向く。ちょうどね、免許証の書き換えをやってた。こういったことで免許証の更新をヤルってーのは、宇和島署の恥部だな。
 こういったのは、二階の会議室へあげて、そこでビデオ見せたり座学などをやるべきだ。でないと、1階フロアの細々しい部屋でビデも見せられて、「アンタ はどう思う?」など言われても話にならない。が、ここではこういったことを平気でやらせる。そんでもって、ビデオ見て... 、云々。今日はご苦労様!?。
 これで免許の更新OK?。マジ不思議なことだ。
 座学でもやらないと、ストップ80ったって、交通事故死は減らないよ。こんな教育ヤッてんじゃね。と、つまらないことを感じた次第。
 夕方、シムズクラフトのマスターへ電話。少々後ろめたいのは、当事者のBORE-ACEのマスターを差し置いてやってるものだからね。でも、話の主体は マフラーだから、ま、いいか。
 BORE-ACEのマスターは昔で言う「奇才」だから。オーディオ界で言うパラビッチーニだろうかね。だから、BORE-ACEのマスターにはもう少し 突っ込んだところをね。その要因は研究中なんだ。

2010 年4月24日()はれ
 は4時前に起き て、再び眠って7時半に起きた。一昨日と昨日の酒宴は少々疲れが溜まる。こと、懐石料理はいいものの、場所は違うが品の内容は似たり寄ったりだし、酩酊気 味になると、味も分からなくなって残してしまう。昨日は早々に退席して眠りについた。
 起きて、メーデー関係のことを少しこなしステファニーのパン。松山の会議のことを... 。主宰から電話がかかってきたが、如何ともしがたく断念。お断りの電話を入れる。
 もう一つの原因もあるにはある。それはS1Proのバッテリーだ。全ての機能が悶絶状態になって、CR123Aを入れ替えると良くなった。このバッテ リーの最大の欠点は急降下で電圧が低下する。したがって、数分前までは動いていたのに、その後はダメ。加えて単三バッテリーがバックアップにかかるから、 ボタン電池以外は全て動員される仕組みになっているようだ。リチウムバッテリーもアラームが鳴るようにしてくれていればいいのだが、その機能はない。仕方 ないな。
 先日来ずっと考えていた原因が、ようやく解った。明日確認してみたい。というのは、SR500に装着したBORE-ACEのTC-33Sを装着すると、 大半はクラッチが切れなくなる、というものである。その最終確認をやってみたい。
 午後からは、丸之内の和霊神社の春祭り。子供御輿をネタに写真を少し。ま、これだけだ。退職したら1日が短いな、と感じるのだろうかね。何かしら自分の 時間がありすぎるようにも感じるが、実際は今日のように短いものに感じるのかも知れない。

2010 年4月26日(月)はれ後雨
 しだけ、昔を想い 出した。朝は晴れていたが、夕方から雨の雲になり8時過ぎから細かい雨が降っている。9時過ぎに会議で出かけた吉田から帰宅した。SR500も快調。
 会議の始まる前までは、僕自身の気分は不調であった。原因はもう書かない。仕事のことゆえ察してほしい。昨年なら、僕は切れてた。昨年の人事考課制度で の自己評価で、僕自身、思いっきり低い点数としたが、あの方は意に解しなかった。当時の部長は僕を心配してくれていたにもかかわらず。
 そんなムラムラ気分で会議に臨んだのだけど、午後7時から2時間程、白熱はしなかったものの、「さ、イクゾ」の気分に近くなった。ふと、18年前を想い 出した。わずか7人で組織を立ち上げたときのあの時からのことを。
 さて、少しばかりイカレタSR500のタコメーターだが、なかなかイイものがない。ま、スピードメーターとともに持っておくのが賢明かもしれないとし て、数セットウォッチリストへ。まさか、メーター板取付のビスが緩むなど思いもよらないことが起きたのだから。
 本体が樹脂だから、リムを外してレンズを取ってビスを取り付ける方法が難しいかもしれないから、スペアのものを持っておく方がいいわけだ。スピードメー ターの距離数は、最近役所で記載しているから、車検ごとに積算されることになる。だから、メーターが新しくなっても、走行距離は増えるというわけだ。
 これも、コンピューター管理って奴だろうな。そうそう、軽自動車の登録関係が未だオンラインされていない愛媛県。やはり貧乏県だな、と思う。

2010 年4月30日(金)はれ
 28日の連合地協の メーデーと昨日のメーター修理のため、バタンキューとなった後の今朝は気分良かった。この気分を維持して職場でも日中までは何とか持ちこたえた。
 そのまま夜間業務へ入ることが出来るだろうと思っていたら、あに図らんや、全く正反対の2時間程度が過ぎた。
 なぜ、机の上には帰宅の準備までしているのに、用もないのに課員の仕事ぶりを監視するかのような... 。
 この状態で夜間業務に入った。僕と新任者が残り、他の課員は外へ出た後で、「指示していることをこなせ」こういった言い方を新任者へ言う。
 フト昨年僕が切れたときのことを想い出しつつ、夕方この方が言った「指示していることの結果を... 」という。では、指示とは何だろう。この方の言い分は確実に「命令」だ。言葉は指示だが、今回は何か陰に隠っている。
 先日のヒアリングでも「係長として示しがつかない」「あんたの担当は納税額が高いところが多いから収納率が高いのか」などな ど... と、僕が昨年言い放ったことを逆手に取って... 。こんなことから仕事の意欲をそがれる。一向に帰宅する態度を示さないから、とうとう僕も用務で外へ出た。それから1時間程度。数件の訪問をやるも不在ば かり。結局事務所内で僕がやろうとしていたことが出来なかった。無性にム シャクシャする。だが、決して切れない。こ ちらの意見も聞き入れてくれずの一方的な指示どおりにやるなんて出来ない。
 ご自身の考え方を押しつければOKのような指示は、まさに「木 を見て森を知らず」に等しい。
 いつもながら、言いたくはないが言わざるを得ない。僕自身痛し痒し... 。ま、グチですかネ。
 明日は地区労のメーデー。夕方からは楽しくなりそう。

2010 年5月3日(月)はれ
 休の中日。テレビ ではあまり日本国憲法のこともニュースにならない。ただ、参議院選挙前に自民党が「改憲するぞ」と言うらしい。国民投票法を可決させた政党だろうだからか しら。改憲やったら国民の多くから批判を買うだろうね。若い人たちもバカじゃないから。憲法違反は死刑か!?(爆)
 こういった日、しかも上天気なんだが、弔電を打たなきゃならないし、結構何やかやある。午前中は何も出来ず。
 午後から振動で脱落したSR500のチェーンプーラーアジャスターを代用。その後、SST-1のディスク枚数の決定とT-33Sの効果の確認をやった。 気温が25℃を確実に超えていたから好都合だった。結果は良かったが、詳しくはいずれ本文で。
 さて、多くのオートバイが南予路を駆け抜ける。流石のハーレーも最近は少なくなった。かといって、250ccクラスが多いというわけでもない。多いのは 1リッタークラスの並列4気筒で数年前のモデルというのが一番多い。このクラスでもニューモデル、ニューマシンは売れていないのだろうね。四輪自動車とは エライ違いだ。雑誌にはソコソ記載はあるが、どれも欠点は書かれない。日本の関係雑誌の一番欠点だろうか。
 いつもながら、連休中の日中は色んな車が走っていて走りづらい。したがって、明日は連休最後の晴天だから、少しだけ走ろうかな、とも思う。

2010 年5月5日(水)くもり時々はれ
 ー、天気予報とは 裏腹に雨は降りそうもないぞ。むしろ、光化学スモッグが発生しそうな天気だし、毛山付近は雨が降っていそう。そいつも昼過ぎには無くなって、ごく普通の薄 曇りの晴天になった。
 なら、やることは一つ。SR500の調整だ。ま、口で言う=タイプする、のは簡単だが、実際は経験が大きく支配する。M.W.Iさんがおっしゃる通りだ ろう。 昔はいわゆる職人めいた店主がやるショップが在ったのだが、いつの間にか、作業行程時間=工賃とされて、送り込みのオーナーも、調子の悪いか所が 判 らないままの内に、こことここの部品を交換すれば治る、とマニュアルに書いてあるので、それを実施せざるを得ない。
 だが、作業工程に対しては不慣れなせいもあって長引いた。勘案してお金をいただく。これが通常のパターンだろう。
 しかも、もっと悪いことに通常の調子をオーナーが十分に把握できていないから、本当に治ったのかどうか... 。と、ここまでをメーカーもディーラーも整備・修理に対して謳っている。それ以上は、大きいメーカー認証店などへ委ねられる。
 最初に記載しなかったのが悪いが、これが国内オートバイメーカーのやり方だ。決してトヨタや日産の自動車ではない。
 僕の年齢や、それに近い年齢の方なら、昔の自転車屋やオートバイ屋は、こんなのではなく、何とかオーナーに近づいて修理やら整備をしてくれるところが多 かったのではないだろうか。今となっては夢だろうか。
 この連休、僕はSR500の調整に費やしたし、ようやく今日OKの線を出した。真のエンスーからすれば、「Boneのは邪道だからね」と言われるのは必 至だ。が、やはり、ここまでやった、というのは認めてくれるだろうし、サゼストも加わる。
 が、イカンセン、SRのオーナーの大半は僕より若いし、僕と同じような整備経験を持っていないショップが多いのも事実だ。僕はマジで言うのだけど、そう いった 今のショップ状況からすると、僕などは「来てほしくない客」の筆頭になるのであろう。
 これほど、オートバイ業界は変わってしまった。そりゃそうだろうね。調子のいい2サイクルの原付に乗っているのに、少々くたびれたから新しいのに、と4 サイクルマシンに変更するオバチャンも多い。買い換えする前に、エアクリーナーエレメントの清掃交換、ミッションオイルの交換、ブレーキなどの調整で、非 常に効率のいい2サイクルマシンに復帰できるのだけどね。
 もっとも、ショップは新車を売らないとオマンマの食い上げになってしまう。まさに痛し痒しの状態だ。今後もこれは続くのだろうな。

2010 年5月6日(木)くもり後雨後くもり
 気予報より少し早 く雨になったが、午後10時過ぎには止んでいる。結構気分のいい朝を迎えた。こと伯耆町の「お役所仕事」というロールケーキのことだ。
 その開発から販売まで、役所が一生懸命になってやった賜だから、この名前にした、というのだ。おそれいった。宇和島ではこういったことは一切無い。常に 行政にオンブにダッコが一般であろう。30年前などはJ何とかいう団体は行政が出来ないのならウチがやりましょうなど言ってくれて大いに輪が広がったのを 想い出す。そのJも今ではダメのように僕は感じている。
 このロールケーキのことで気分良く出勤したのだが、しばらくして、ヒアリング の際、会社と個人名義の少しの行き違いから、「係 長、調べてから言えや」と、あの方に売られた喧嘩コトバで、な に〜!、と半年ぶりに切れた。指示指示ったって、それは命令だろ うが... 、とまー、いつもながらの結果になる。
 あれだけ「自分の考えが正しい」的に言われりゃ受けて立たざるを得ない。一 面スキッとした。以後、口を挟むことはしない。これからもズッと。再び何かが起きるかもしれないがネ。そのうち僕は孤立するかもしれない。
 雨の中カッパを着て徴収に出る。自分の仕事だし、今日の雨など気にもならない。むしろ、「雨の中ご苦労様」と徴収先から言ってくれる。これだけでもうれ しい。 時には徴収先で、市役所のモロモロに対する相談に乗ることもある。出来るだけ応えてあげることにしている。今日はなかったが、肩すかしの時もある。それゆ え、時には揉み手擦り手で応対するのだ。僕のやり方は変えない。
 過去は過去としてのこと。今を見つめてほしい。一市三町の貧乏所帯の集合体である今の宇和島市に過去の何とかを持ち込んでもどうにもならない。おまけに 未納税者は増えて いるのに、対応する職員は大幅減なのだ。この状況の中で如何に収納を確保するかを考える必要があるし、少なくとも今の税収を確保することを第一として、そ れを何とか打破するための上手なやり方をするのがトップだろう、と僕は考えている。
 この方ばかりでなく、似たような方が一つのカテゴリー、あるいは市の中枢部に居るように感じる。ま、職員の多くは年齢として若いし、トップ集団には近寄 りがたいと思 い込んでいる職員が多いから、僕のように感じている者は少ないのであろうな。
 残り1年と10か月。悪者となってもかまわないから、この職場には居たくない。居るとすれば、あの方には... 、と願うのみであろうか。嗚 呼... 。

2010 年5月8日()はれ
 夕ヒンヤリした上天気だ。本来ならムシャク シャした気分を癒すためのもの、となるのだろうけど、大人げないものの一昨日のハプニングと打って変わって、昨日の業務は落ち着いたもの。自分勝手な動き をする相手とどのように対応すべきか難しいし、おそらくは年末へ向けて、あの方から僕の方へ重荷を持ってくるのは明らかだろう。
 そのことは抜きにして、本日は松山へ。宇和島自動車のバスで行く。行きは20分程眠ってしまった。疲れではないが、一種独特のものが職場を支配している からだろう。
 モチ、ウチの課のことではないよ。つまり、宇和島市役所1階から8階までの職場の空気が悪いのだ。現在は3か月に1回のガス検知テストをやっているが、 僕自身、毎朝階のフロアへ入った途端、モア〜っとした空気に包まれるのがたまらない。
 原因はもうお解りのことだろう。各人のコンピュータと数台のプリンター。これらのウチ数台は常時電源が入っている。そうしなければデーターが飛んでしま うことになるからだ。
 そして、昨日のような汗ばむ状態になると、ワイシャツの衿に灰色の汚れが取り付く。そいつ(主に土埃)が皮脂と混ざり何ともいえない汚れになるのだ。テ スト段階で「空気の入れ換え」が必要とはいえ、窓を開けると書類が飛ぶ、というバカげた世界が継続している。このことが職員の心身面に関与しているのは確 実である、と僕は感じている。
 会議は少し盛り上がってうまい具合に終わった。ところが、帰りのバスの中は「いい臭いの功罪」に悩まされた。
 市駅前から乗り込んだ女性の香水(完全にパフュームだ)の臭いが鼻について、今でも少しオカシイ。最初は通路側に座っていらっしたので良かったのだが、 窓側へ移動されて、ダイレクトで僕を襲うような格好になって... 。これに参ってしまった。
 土台、日本人はそんなに体臭が強いわけがない。後で乗ってきた宇和校の女生徒の石鹸(というかボディー消臭)の臭いで助かったが、一次は花粉症のように なってしまった。一種の公害だ(爆)
 パフューム、オーデコロンなどの臭いは日本人にフィットした物をメーカーが開発すればいいのだけど、輸出もあるからダメなんだろう。もっとも、外国資本 の化粧品メーカーの方が臭いがおとなしい、ということもある。
 結局、線香でも火が着いていないときの方がいい場合があるのだから、こういった面は化粧品メーカーのレベルの低さではないかな、と少しきついことを言っ てしまった。

2010 年5月10日(月)雨後くもり
 の雨のため、本日 は嫌々ながら雨の重装備。いいレインウェアはないかな。ベルスタッフかバブアーぐらいを購入すべきか。ゴアテックスでもいいのだが、5諭吉ぐらいは必要だ ろう。そんなもので、カッパの中は汗が... 。蒸れる〜。
 ホンの偶然で要らぬ心配が吹っ飛んだ。もし、偶然が少しだけズレていたら、僕は相手から相当やられる立場になっていたのだからね。月曜日とは限らない が、休日を挟んだ次の業務日っていうのは要注意だ。
 帰り間際、またしてもダメニュースがやってくる。もう、つらいね。嫌なことには関わりたくない、という姿勢の者が多すぎる。以前に賃金カットなどやられ ているのに忘れてしまったのだろうか。僕は居ないけど、2年後のこと考えると先が思いやられるよ。
 さて、宇和のT君へEL34のパラプッシュアンプの回路などをお願いしている。直ぐに製作ってワケではないんだけど、退職してしばらくして作ろうかな、 とも考えている。パラプッシュのモノラルアンプだから、ステレオで2台。トランス類は電源トランスとチョークコイルが2個ずつ必要、ということになる。結 構ゼニがかかるわけよ。ま、その前にDYNACO MK-Vの組み替えを考えてはいるが、これはシャシーだけだが、今度は時間がとれないときている。その上に、パーツ集めとなると... 。ま、いつもながら困難が待ち受ける。
 そういえば、こういった趣味のことを記載するのは久しぶりだな。ま、今日はこの辺にしておきましょ。

2010 年5月13日(金)はれ
 、ゴトリという音 で目が覚めた。妻が6時半からの早出勤務らしい。時計は5時前だ。看護士にあこがれる方も多いようだが、言い方は良くないかもしれないけど、生活難易度 98ぐらいの職種ではないだろうか。テレビドラマのERシリーズ、シカゴカウンティーのような体勢になるのは日本では無理かもしれない。
 そういえば、所用で市立宇和島病院へ行く。結局行くべきところへ行けなかった。同じ職員なのに全くナンセンス。セキュリティーは解るが何とかならないも のかね。
 数日前に思いついたことをSRで実験する。SST-1の前にライディングスポット製のクワイエットバッフル改を装着してテストコースを走る。ネクタイを したまま走るのは「トシ・西山」さんの「イギリスでオートバイは、立派なスポーツですからネクタイをして乗ります」という雑誌での記事が出ていて、僕も MACH - III に乗っていた頃もやってたから、久しぶりだ。
 結果は思わぬものが出た。ま、再び原因究明という難題が待ってる。でも、楽しい。ずっと昔のように、時を忘れてやっていた頃に少しばかり戻ったような気 がしないでもない。
 時間がちょっと空いた。バイギブのJ-160Eを弾く。左の人指し指がギターをよく弾いていた頃の状態に戻りだした。左手は爪を切った後、親指以外、左 の指は爪先を巻き込むようになる。右手は爪を少し伸ばしているから、弦を指先から爪に当たって弾く奏法だから、左手の指とは逆の形状になる。不思議な世界 だが、事実だ。
 夜、伊予灘の震源で地震。そろそろ大木なのが来るかもしれないな、気をつけよう。

2010 年5月18日(火)くもり後雨
 方近くになって雨 模様になった。今は降ったり止んだりだ。連休明けから激動の毎日。本日は、それが漸くの一段落だが気を抜くことはできない。今日もそうだったが、朝の開口 一発でのことだから。
 少しずつ自己をとり戻しつつある。その一方で、ATOK 9 For Macの良くない症状が出始めた。たとえば、上の行の段落以降から最初の読点までは「少しずつ時声おとり取り戻しつつある」と当初は判断する。こういった 連文節はATOK 9 For Macではあまり得意でない。この症状が、先般のアップデートで良くなっていたのだが、再び起こり出す。
 これが「ことえり」ではどうだろうか、と思いやってみた。「少しずつ事故を取り戻しつつある」となる。エッ!と驚くのである。おかしな変換をしないだけ でも助かる。問題はキーの組み合わせでの変換の慣れだけかもしれない。
 思い通りに変換できるものは少ないだろうけど、インプットメソッドATOK 9 For Mac自体、勝手に判断する機能が徒となるのがチト頭に来るところである。
 ブログにジャズのCDのことを少し記載した。理由は「スゥイングジャーナル誌の休刊」というニュースを知ったからだ。広告収入が少なくなったのが廃刊の 要因というけど、ジャズ自体が流行らない時代になって来たのだろうか。それとも、ジャズを含めてあまりに人工的な音づくりになってしまったからだろうか。
 僕は後者だろうと思う。エリク・ハイドシェックの録音に立ち会ったときも若干ながらこれが存在したが、ドラムセットに数本のマイクが音を拾う。その程度 はミキサーで行う。マジ、ドラムスの音ではない。バスドラム、タム、スネア、ハイハット、シンバルなどなどが個別に録音される。不思議なことだ。
 こういった現代録音との違いがよく解るのがサーチャーズのNeedles and pinsだ。曲の最初にバスタムを打つペダルのオイル切れのキーキー音が聞き取れる。
 話は少し飛ぶが、ビートルズのCDでバスドラムがそれと聞こえる曲がどの程度あるだろうか。聞いていただければ意外にバスドラムの音は小さいのである。 低音域を上げると、ポールのベースがこれでもか!、という状態になって聞こえる。数万円出してリマスターCDを購入した割には、半年後の今、「そう大した ものではなかった」というのが実際のようにも思う。

2010 年5月19日(水)雨後くもり
 ッパを着て30数 年前のラレーの自転車で出かける。もち、傘は持っているけど差さない。交通違反はゴメンだからね。朝の通勤であってもカッパの中はムレる。それに輪を掛け たように、職場へ入った瞬間、従事 職員より多い年がら年中作動させているOA機器のためモア〜っと来るのだよね。おまけに片方が壁なもので、絶対に風は通らない、ときてる。死ぬ思いをす る。
 とはいえ、僕自身は汗がタラタラ「なガレ落ちるだけ」【あんなー、解る?】、不思議な変換がまた始まる。これがジャストシステムが日本に誇るATOK か?っていうわけよ。
 話を戻して、僕はマジ基礎代謝がいいのだろうか、と感じた。もちろん、暑いという人は居るが、大きいタオル地のハンカチがシットリするまでには至らな い。僕の汗を拭う量の1/3程度でしかないようにも思う。
 モチ、アンタがおかしい、といわれるのは当然。しばらく風に当たると平常に戻るのだから、おそらく、これは代謝の問題ではないかな、とも思う。というと ころからすると、冷房が必要な部署、それに伴う職場の配置で冷房を入れるのは市民サービスではないか、と僕は思うのである。
 朝礼で市長が傍聴してた。本日の担当はトップであった。ホンのすこしの××のことを話しつつ「こうやってほしい」という肝心要の要点は軽く撫でただけで 終わった。要は話の内容が子葉が多すぎて幹になるものがないわけよ。ホントだよ。
 僕自身は、子葉の多い中から「確認と相手への説明をすること」と理解したが、多くはそこまで至っていない上に、速く話を止めよ、ではなかったのか、と思 うのですがね。

2010 年5月20日(木)くもり一時雨
 く快調な目覚めか らかしら、気付くと午前5時。起きてしまった。幸い雨は止んでガスが支配している。いい朝だ。昨日できなかったことを少しやる。とはいえ、どうしても時間 の余裕がない。仕事が控えている朝の一時は時間が過ぎるのが速い。
 とかく、今日は予定どおりに行かないものだ。真面目に予定を立ててやっているのだが、フイの電話などが入ってそっちの方が重要だってんでね、時間のやり くりしながら外へ出る。
 と、間もなく雨脚が強くなる。カッパからげて三度笠ではないが、エンビのカッパを着て出かける。いつもならゴムのカッパにしみ通るだが、幸い気温が低 かったのでシットリですんだ。
 悪いことに帰ると止むのだから、余計頭に来る。カッパが濡れたじゃないか(爆)。
 楽しい会議の後、自転車で帰る。朝の続きを少しやって、MacBookを立ち上げる。メールの確認をしていると、ジャストシステムからATOK for Macの新しいバージョンのβ版のリリースを知る。久しぶりにテスターになることとしてダウンロード。解凍後インストール。
 いわゆるATOK 10のβ版だけど、この日記の原稿のおかしな変換をしなくなった。ま、今のところ(といっても2時間程度経過して)は以上がない。むしろATOK 9よりも調子がいい。
 昨日の日記で、このことを記載した。1日空いてこれだもの。まるでATOK 12から13に変わったときと同じように感じた。ま、しばらくはβ版を使用してみることとしよう。
 おそらくだが、僕と同じような感覚を持っているユーザーが多くいらっしたのではないだろうか、と思う。

2010 年5月22日()くもり後雨
 気予報が当たっ た。雨に加えて強い風が吹いてきた。逆順で行ってみようか。夕方、雨の降る前に、ボイラーの灯油を給油。ポリ缶1つが空く。とはいえ、3か月で1缶だか ら、相当な燃費だ。速く交換していれば良かった。
 給油が終わると同時に、雨が降り出した。何というタイミング。給油前に午前中にテストしたSR500の車体カバーをかけておいたのも、グッドタイミング だった。
 その前は、ATOKの2007、2008、2009と手持ちのPismo、PB G4 12インチ、MacBookで検証した。なぜやったか?
 それは次期バージョンのβ版が非常に快調だからだ。といった少しばかり長い確認だったが、Pismoは2005のまま。PB G4 12インチは2007をインストールした。かなり快調になった。
 午前中はというと、MAGRAの油圧クラッチについて若干の考え方を変えて、スリーブを薄い8mm径のステンワッシャーに交換した。
 わずかな差だが、ピボット部分での遊び調整ができない油圧クラッチの性格上、スレーブシリンダー側のスリーブの厚さは重要になる、というわけだ。
 とまぁ、逆に記載するのもおもしろいものだ。
 話は昨日。2時間時間休を取ってSR500のマフラーをノーマルに交換した。一か所だけ締め付けを緩くしてね。それで走ると、この前にノーマルマフラー へ交換したとき、ボルトが緩んでしまった原因が分かった次第。
 途中、三間のバイクファームで締めつけると、案の定凄まじいものになった。シムズクラフトの新しいマフラーのリリースを待つこととして、当面、ノーマル マフラーで通す。
 その後は、更科での同級生の集まり。言い料理と酒で良かったが、職場での言いようの無い緊張のため、酔いが回り早々に帰宅。好きな番組も見ず終いで、本 日の5時まで眠っていた次第だ。

2010 年5月26日(水)くもり時々はれ
 うしてこうも閉鎖 した職場だろうか。ま、致し方ないか、とも考える。上司を交えて相談すらできない状況だものね。一般職同士で話すらできない。やると、途端に上は内容を知 ろうとされるから、秘密裏にことを運ばさ... 、という次第だ。
 最近になって淵田美津雄の自叙伝を読み返している。僕の誕生日6月5日、その昭和17年の6月5日、もしも彼が虫垂炎で動けないことがなければ、その日 に戦死していたのではないか、とも思う。そのことはあまり詳しく書かれていない。
 昭和17年6月5日のミッドウェー海戦で日本帝国海軍は惨敗を喫した。淵田の戦後のことをこの書籍で知った僕は、アメリカは負けは負け、ハワイ真珠湾攻 撃で最初にアメリカを叩いた淵田はその時の英雄であることを認めつつ、今の淵田をそのまま評価しているのを知ると、何か今の日本人に欠けているものが多す ぎるように思うのである。
 が、淵田自身が太平洋戦争を軍人として生きた様子を自身なりに表現したもので、この内容が全てではないと思う。ハワイ真珠湾攻撃時の九七式艦上攻撃機で の3人組みは、ミッドウェーでは存在しない。何か、6月からはじまる担当分けによく似ている。わずか数か月の期間で変更なんていったことも出るかもしれな い。
 話変わって、6月号の市広報を見ている。嬉しいことに高卒の新規採用予定者が2人になっている。はっきりいって、部活や何やかややっている高校生がその まま社会人になる方が、市行政にとっては幸いする。
 映画「卒業」の主人公のように4年間大学生活を真剣にやった奴と日本の大学生を比べることはナンセンスだ。大卒なら4年間程ビジネスの世界に身を置いて いたような方の方が、大学卒業後すぐの入庁者よりは好ましい世の中になって来ているのではないか、と思うのである。

2010 年5月27日(木)はれ時々くもり
 もしろいものです な〜。鳩山君のノラリクラリ、とカッコヨサに日本国民、とりわけ沖縄県民は振り回されたところだろう。
 僕は端っから、彼の行動というか、性格というか、そういったものを知っているから、気にしていない。
 その一つ、もう相当昔になるが、愛媛から参議院選に出馬する、といった候補者が居た。その応援に鳩山が来たわけだ。結構真面目に喋る。ナルホド、と思っ た瞬間の出来事であった。オツキがテロップもって舞台下から「鳩山さんお時間です」とテロップ示しやがった。
 途端に「あ、もうこんな時間になってしまって... 」でチャラけさせてスゴスゴ退席した。
これって、応援演説か?。彼は何をいったのか?。このバカ!、と僕は思った。
 昨年の夏の衆議院議員選挙でもそうだ。高橋の応援でも、全く同じことをやった。このバカタレガ!。わかるだろ?。総理が党首なんだ。
 被告人みたいな小沢でさえ、南郡での演説にはヘリコプターで来たが、ビールのケースにコンパネの縁台でも、なかなか良いことを演説した。コイツを何と か... と誰しも考えたところだ。僕は河野建設大臣がこのタイプだったな、と感じた。
 今、民主党を背負ってた立っているのは小沢だろ!?。岡平を愛媛選挙区で公認させたりするのは、彼特有のやり方だ。この本筋をSなどは批判するが、前の 選挙の後にそれをやるべきだろう。それをやらずにいて、Sのどうのこうのは言えない。
 したがって、民主党は無くならないが、鳩山は相当やられるな、と感じるところだ。かっこよさが先に出る国の指導グループはホンのほころびから全くダメに なるものが多い。したがって、民主党自体がどうなるのかを先に考えないと、日本の政治指導グループの明日はない。鳩山に替わる... 、や、これは止しておこう。
 諸外国では「ダメな日本の政治」としてしか受け入れられていないのは事実だろう。

2010 年5月29日()はれ
 うとうヤッテモー タ。福島女史を鳩カが罷免したろ。やりかねんよ。沖縄や徳之島行っても裏でコチョコチョやるんだからね。何度行っても同じだ。
 この時期、どうしてオバマは前に出ないんだろうね?。クリントン女史は別の面でやってるけど、本体の総帥は白い館の中にいるだけだ。アメリカ国内のこと が気がかりだろうかね。
 沖縄は相当な怒りを持っている。こういった中で迎える参議院選挙だ。どうなりますかね。僕自身、ひとりのお方しか名前を記載しないつもりで選挙に臨む、 というのが今だ。
 うやむやな気分で引き込まれたような候補予定者なんぞ、握手こそすれ、僕自身は白票を投じる。それが道議というものだろう。
 ま、暗い政治屋の話は別にして、本日は所用で松山出張。宇和島自動車のバスで行くのだが、往路の特急は結構遅れて到着。メシは歩きながら... 、ということになった。
 帰りは急行バスだ。が、ほぼ定時に到着する。実のところフシギな現象である。いずれ通行量が無料になると... 。想像に任せます。
 そのバスの中ではずっとiPodで楽しんだ。朝のうちにリマスターのThe Beatlesのいくつかを同期してiPodへ移す。実のところ、音源の違いによるものが数種入っている。で、あまり人気のないこのリマスターCDなのだ が、iPodへ入れると一瞬うなった。すばらしい。ちょうどモービルフィディリティ盤のLPを聞いているような気分になってしまった。
 どうして、こうも変化するのだろうか。ゲスの勘ぐりではないが、これをCD-Rへ焼きつけて確認する必要があるようだ。まさに、音とはそれが本物で、そ れ以上でも以下でもダメだ、と検査機関を立ち上げる必要も感じたりした。
 久しぶりに何〜んもない土曜の夜だ。いいね〜。

2010 年6月1日(月)くもり時々雨
 いもので5月も昨 日でお終い。ゴールデンウィークはオートバイで明け暮れた。大変なこと(爆)が頭の中から消えず、昨日まで続いた。おそらくこれだ!、ということが分かっ ただけで、その詳細は不明である。ネタ切れになるので、このことは小誌の次号で。
 土曜日は、i-Yoブログのチェロさんから「私の宇和島」のジャケットの撮影場所を聞いた上に、SR500のオイル交換をした手前、思わず出かけた。こ んな気分になるのは久しぶりのことだ。
 まぁまぁの場所は解ったが、その後、もう少し南に位置するとの指摘。さっそく地図で見ると、おそらくこの辺り、というのが分かった。次の土曜日にでも出 かけよう。
 この日(29日)の日記が記載できなかったのは、この後、SR500のクラッチ調整に手間取り、結局行って帰っての繰り返しを重ね、120km程走った のでバタンキューになってしまった次第だ。
 このことから、冒頭の大変なことが少しだけ分かった次第だ。
 すぐさま、31日のチェロさんのブログで僕の写真に対して、この辺では?、という写真を掲載された。これを見た時にはうれしかった。
 コメントの答礼として、吉田の鳥羽酒造などの位置をお知らせした。5日の土曜日、本当に撮影しに行こう。
 昨日は、職場での小さな送別会があった。時間にして15分程度。嘱託職員とはいえ、一緒に数年間やった方々なのに... 。ま、我々の班が音頭取って後日送別の宴を開くこととしているから、それまでお待ちを。
 このままで行くと、僕の退職の時は3月30日の金曜日であり、送別会はそれより前にやるはずだ。ヨモダではないものの、今の状態のままなら送別会には出 ないだろう。そして、1年9か月後の3月30日は5時15分までは自席で業務をしたい。午前中で「もういいよ」としても、せっかくの金曜日だから職務時間 として5時15分まで全うしたいのだ。
 事実、臨時職員が昨日まで座ってた席に、その人の姿はない。業務は淡々と進んでいく。こういったのが職場環境だもの。
 それにしても虚しいね。花束もらって、であっても、彼らは31日の夜までは勤務時間だもの。このことがあるのだから、やはり、夕刻の式典がいいよ。
 少し前になるけど、コミックの「ビッグ・ウイング」で航空会社を定年退職される方がお題目のものがあったけど、僕もこうなりたい、と思ったため、先に記 載したようにすることに決めているわけだ。
 だから、2012年3月30日(金)退庁(職)後もどこかに立ち寄ってから、といういつものパターンを通したい。でないと... 。
 唯一違うのは、個人的に3月31日にやることがある。これは秘密。
 本日は夜間の業務。昨日も夜間に会議があったので遅くなってしまった。ま、仕方がないかな。こと、昨日の件はもう少しでOKになるのだから、それまでの 苦しみだもの。難産ではないものの、やはり無から有を創りだすのだからそれなりのことがある。みんなよく耐えた、と思うよ。もうすぐだ。

2010 年6月2日(水)くもり一次雨後はれ
 山君辞任したよ。 どうでもいい。僕はその真実を知ってるから。
 それよりも、小沢がどうして応じたのだろうか?。これこそ最大の疑問であるはずだが、だーれも何も言わない。
 各界の反応?、といって桝添の新党ってあったんだ、と改めて感じ入る始末。みんなの党のワタナベが何とか言ってたが、もし、政権の内部に入り込むと、国 民は小泉以上に震撼するぞ、と僕は思う。
 でも、本当に馬鹿な後始末は一切でない。民主党って、こんなにダーティーなポリティックグループなんだ、と僕の目には映るのである。
 鳩山の演説に2度もだまされ、なおかつ、党首選挙なんて、バカやってんじゃない。党首選挙に1週間空けても良いのではないか。各界の考え方はこの債務視 しろ。おそらく菅君が総理になるであろう。天野君がアマチュアイズムっておっしゃってたが、誰も長期政権を担っていない。これは年寄りの考え方として無視 しろ。多くの国民は、今の政権の不備なりを明確にして、なおかつ、「日本に生活していて良かった」という気分を、国民ひとり一人が享受するような政治を望 む。
 久しぶりにオバマや、その他の首脳が「馬鹿な国民性だ」と思われないよう、今の首脳陣が一生懸命諸外国へ通知すべきなんだが... 。
 ね、僕がバカばかり、というのわかるでしょ!?。
 それよりも、野口さんが地球に帰還したときの、「ナント自然」というのが解った。多くのお仲間がその場にいて、ヤァヤァだぜ。「生きてる」、とこの冗談 めいての受け入れ側の言葉が妙に親近感があってうれしかった。
 古い話で申しわけないが、ガガーリン、テレシコワの発言と、その前の訓練の様子の映画を小学校時代に見たが、僕は、ある程度宇宙へ行くにはそれなりの物 を身につけておくこと!。これが今以上に必要ではないか、ちょ考えた。
 誰も簡単に宇宙へは行けない。これは、ここ数十年生き残るコトバであろうこと、本日は痛切に感じた。

2010 年6月3日(木)はれ時々くもり
 たまたいい天気に なったが、予報はそうではない。が、今日はそれも当たらなかった。日中は少し汗ばむ程度で過ごしよかった。ここ最近から都市ごとに予報を発するようにした らしいが、そう簡単に当たるとは思わない。もちろん職場の誰かさんの好きな確率だし、そう易々と的確な判断をキカイが下せるわけがないのである。
 さて、我々の仕事の新しい年度が始まって3日目。再び「○○率を上げよ」のセールスマン稼業が始まる。家業でもないし、課業ではあるものの、宇和島市を より良いものにするためだから、やはり稼業だろうな。
 はっきり言って、僕には向かない仕事だ。淡々とこなすだけである。本日など、どれだけ入金があったか不安であったものの、数6桁上がってた。ま、よしと するか。
 ここ最近はマンホールの蓋に対してブログを記載している。赤瀬川源平さんたちが設立した路上観察学会に端を発し、小説家の宇神幸男氏たちとは決めたのが 僕とトマソンのかかわりだ。
 トマソンとは古いことをご存知だ、とおっしゃる方は僕と同年代だろうか。読売巨人軍にこの名前の選手がアメリカからやってきて、活躍しなかった。それゆ え、何に使うのか、役に立っているのか?から始まって、路上では無用の長物だが、どことなく気をそそられるものの称号で用いられるわけだ。
 マンホールの蓋は違うけど、マンホールのふたを持ち上げるフックば目だったり、商標名が口であったりで、蓋全体がほほ笑んでいる顔に見えるなど、こう いった観察をやるわけだ。
 マンホールの蓋も、自治体合併前後からいろいろなものが溢れた。当然、自治体をアピールするものから、最近はスパイク状のものに変更され始めた。
 丸穂にある顔の家も外壁が塗り替えられてしまい、周りの木が刈り取られて、昔の面影が少し消えた。やはり、写真での記録が好ましい。
 ま、こんなことを少しずつやっている現在だ。こういった馬鹿げたことをやっていると結構楽しい。が、真剣に突っ込んでいくとトマソン的に見えなくなって しまう。その辺の割り切りようが何とも難しいのである。
 そろそろ最近のデジタル一眼レフカメラでもゲットしようかな。単三バッテリーで動くものが少ないのがタマにキズではあるが。

2010 年6月8日(土)くもり時々はれ
 内閣の陣容が定 まった。いいね、長州人だ。「奇兵隊」を出してきたよ。もし、参議院選挙まで2か月ほどあれば、この内閣は相当やりそうに感じる。まずは、省庁間のやり合 いが始まるのは確かだ。蓮舫氏のところは、アソコの省と協議しないとならない、と言った状況も出てきそう。農林大臣は、僕の単純な予想だが、宮崎の口蹄疫 をはじめとした諸問題に、本当に対処しそうな感じを受けた。あくまで感じだよ。前農林大臣は、最後の方で宮崎から即刻立ち去りたいような感じを受けたも の。ありゃダメだ、と感じたところだ。我々公務員に対しては、公務員改革担当大臣は、少しばかり若すぎたな。あの方はまず、民間ベースのことを押しつける だろう。賃金の低い自治体が相当に苦労してやってる。また、夕張の公務員の今を真に知っているかどうか、こういったことを真剣に考えて、時には「なぁなぁ の世界を構築してくれるような人でないと、この職は務まらない」、と思った。
 いずれにしても、鳩山は、自分のことと国のこと政治のことが別々に思ってたところが最大の汚点だろうから、沖縄問題などは、マジ、後回しだ。それによっ て潤う奴も居るし、絶対反対を通し続ける奴も居る。その辺が、管総理の在任中に進むべき道を決めるべきだろう。
 橋元君は亡霊を追いかけているようだが、大阪の民がアンタにそっぽを向くときが必ず来そうな気がする。弁護士のように知事がこれだけやっても報償はこの 程度。これの額を下げるべきではないか。名古屋ではようやく議員サイドでも市長の言い分を聞き始めたのだから。橋元君が知事として発言しているのは判る が、これは国民を大阪市民を代表しての発言とはとても思えない。Y誰かと同じ道を歩みそうな気がする。
 ダメモトで選んだのかもしれない知事だから、今後大阪はスゴイコトになるのかもしれないな。
 ま、チョイト書きすぎたかもしれないが、多くの国民はどう考えているだろう?。
○管総理ガンバッテ
○どうせハトと同じだ
○参議院選挙がらみ
というところであろう。
 おそらく、誰一人として、この内閣をしばらく(数年)は継続するのだ、と閣僚自体が真に考えているかどうか。
 ま、こんなところが新しい内閣の状況ではないだろうか。

2010 年6月9日(水)はれ時々くもり
 職場は本当にノビノビしていた。昨日は思いのことを記載したが、それがなければ、もっと面白いことがあったのだが。
 本日は新しい担当地区回り。結構知らないところへ入り込まなければならない。50ccのスクーターでもガソリン消費が多くなるのは否めない。その上に能 率も上がらないときているから痛し痒し。こういうのが業務だが、実務面を知らないと誰かさんのように無駄が多いとか、相手のことを考えずの発言になってし まう。その実を公表するとなると、市全体を通してのことだから、余計に数値重視になる始末だ。なかなか難しい。
 M.W.Iさんの日記にマグラの油圧クラッチの件が出ていた。そのとおりだ。が、そこへ至るまでのことは、キット付属の取扱説明書どおりにはならないの だから、そこを経験とカンでもって切り抜けないとならない。雑誌などで見て、自分の車両に組み込むと、そうウマく行かないのは、こういったことがなかなか 理解できないために起きるのかもしれない、と僕のような一般のオートバイユーザーより少しばかりカジッてきたし、多く生きてきた者からしてわかることだろ うか。
 今回は、ブログへ記載させていただいた。単純なことだが結構難しいのだ。ブログより詳しくはいずれホームページで、ということになる。
 その、ある程度のテクニック。本日はテプラのACアダプターの修理をやった。何とシールド線だったので、アウターの網線をほどいて撚り線をほどいて、そ れでつないでハンダ付けをし、ビニールテープで巻いた上にタイラップで止めた。
 テスターで確認してOKだった。が、実際つなぐとダメ〜、と女性職員からブーイング。ゲッ、本体がダメだったってワケ?。しばし落ち込み状態。
 しばらくして、アダプター自体と接続してテプラに電気が流れるまでのしばらくの間が必要なのではないか、ということに気付いて、もう一度接続。30秒程 度おいて電源スイッチを入れると見事に作動したではないか。
 落ち込み一気に解消である。ま、最近のACアダプターは分解ができない。古いパーツなのでアダプターは4英世ほど必要だが、ま、こういったこともあると して、修理は出来たが予備パーツになってしまった。ま、僕のテクニックは生かせたわけだから良しとしたい。


2010 年6月10日(木)はれ
 日は日記のゲラを タイプした後がいけなかった。というよりはハメを外し過ぎた。その場は全く酔っていなかったのだが、二次会からの帰りでダメになりかけてしまった次第。
 一次会は、拙宅からタクシーで10秒ほどの「もんど」でのコース。もう少しアテが多いといいのだが、と思った。お酒は結構よかったので、これだけが救い であった。この席で酔えない理由は別にあったが、このことを記載するには少し難しいので、あえて今は記載しない。
 そんなことから、今日になって寝て5時には目が覚めた。気分は悪くない。疲れがどっと出ても来ない。普段通りだったが、流石に朝飯が入らなかった。カ フェオレのみで我慢。
 昼はおふくろ亭の定番弁当。いつもより飯が固いので、結構時間をかけて食べた。よく考えると脈拍がいつもより遅いのだ。
 話を少し戻して、本日はあの方が御出勤。一気に職場の空気が元にリセットされる。実に不思議なものだ。一種の緊張が走るのである。職員が口を開かなくな る。休憩的なものも一切取らなくなる。
 幸いにして、隣の課からの提案などがあって、雰囲気が乱されたりした。いつものように、ご自身は反論を言うが、押し切られてしまったようにも... 。
 このことがなければ、退庁時刻まで緊張感が漂ってしまったままになっていたのではないだろうか。この気分を1年以上味わっているのかと思うとゾクッとす る。そして残り1年と9か月も... 。
 さて、午前中に腹具合がおかしくなってトイレへ。ピーピーかと思いきや、固いのが。実は「壮快」に出ていた記事のことを3日間ほど実験している。おそら く、この効果であろう。確認が不十分だから、はっきりとは言えないが... 。
 僕の普段の歩く姿などを見て「疲れてるね」と言われるけど、そのとおりだ。いや、気分はそれほど悪くはないんだ。でも、胸を張って歩くことができない。 もちろん仕事が影響していることもある。組合のこともある。選挙のこともある。僕を取り巻く環境からすると、払拭するのには数年かかるようにも思うのであ る。この要因も、あの方が職場へ来て始まったのではないだろうか... 。言いすぎではないような... 。

2010 年6月11日(金)はれ
 カげているが、梅 雨はまだ来ない。本日は午後から宇和島の文化講演会ってものが開催される。最初から判っているのは、お年寄りばかりが集まるのだろうな、と思う。その中に 入り込んで云々。整理券がいる、ともいう。
 行きがかり上、総務課へ問い合わせ。整理券?そんなのは必要ない、と言うではないか。それほど参加人数は少ないのか、と思いきや、1,000人は居る、 という世界。バカいってんじゃない。
 一番嬉しかったのは、奥島氏が、かつての「四年制大学誘致」の一件を憶えていたくださったことだ。この否定から今の教育が必要、という状況説明をしてい ただいた。が、如何せん、そこに居る大半の者は高齢者意外の何ものでもない。この現実を回避して、この地に住むやり手の年齢の者が少ない今のこの地に住む 以上、若者を思い通りに動員できるのか?。まず無理だろう。
 発想はいいが、実は伴わない。実で利を上げるのなら、人員配置を十分にしてやらないとダメ。決して予算の少なさを強調してもできないのは確実なのであ る。
 次はウチの係だけでの懇親会。おもしろいこともあった。会場はホテルクレメントの屋上である。ウチの係の統一性の無さなどが出る。ナルホド、と思いつつ も、もう少し待ってほしい、とだけ言わざるを得ないのが現状だ。
 不思議と落ち込むことはなかった。そんなに気にすることはない。僕としては、もう少し、個々人へ突っ込んでいけばいい。その際、決してトップのようなこ とを言わないことだ。もし、やってしまうと、飛び降り何とかが起きるか可能性が大きいことになるのである。
 ま、そこまでは行かないまでも、組織としてどういった方向性を持つのか?。それが一切無いのが今の職場なのである。
 そうするか?。今だに決定はできていない。


2010 年6月12日()はれ後雨
 日はビアガーデン の後、サッカーの試合を見ながら寝てしまった。これでいいや。もう、休みのことを考えていれば良いわけだからね〜。もう、仕事のことをあまり考えないこと にした。
 さて、昨日の文化講演会の話の内容を1日過ぎて考えてみると、再び難しい問題が一杯あるように思う。今の市政の状況ではなかなか難しい課題だ。ま、僕自 身は冷ややかな傍観者かもしれないな。
 午前中に、ホームページのアップを一応終えた。残念ながら、SR500の件を含め、オートバイの項は考えと実際の結果が纏まらずにアップを断念した。こ れからの梅雨の時期は走らせることが出来ない。良い時期にオイル交換をしておけた。来月初めは車検に出さなければならない。早いもので14年目を迎える。
 商店街、マルシェ何とかというイヴェントをやってたが、何やら解らんイヴェントのように感じる。第一に宣伝不足だろう。「日曜日ではないのにこれだけの 人出があって... 」とスタッフの一人が言ってたけど、つまらんことだな。明日の雨の中でどういった対応が出来るかどうか?。
 夕方、車体カバーを購入に出かけた。途中本屋に寄るが、一向に希望の本は入らない。そろそろ、本の購入はネットに変更した方が良いのかもしれない、と思 い始めた。通常の発注ではオソロシイほどの時間が必要だからね。本の流通機構を根本的に改めるべきだ、と僕は思うのだが、如何だろう。
 さ、明日は再びノンビリムードになる模様だ。日々コツコツこなせる楽しみを持つ必要があるようにも感じ始める。

2010 年6月13日()くもり一時雨
 明の雨が止んだと 思ったら、大風だ。いつもなら西の風のハズだが、今回も北の風。冬でもこういった風は吹かないはずだ。何となく風雲急を告げる時代への何とかのようにも感 じる。
 昨日言ったとおり、ノンビリムード。何もしない一日っていうのもいいものである。しかし、頭の中にはフッと仕事のことなどが浮かんでは消える。これが無 くなるのは相当後になってであろうかな。流石に夢の中には出ないので助かってはいるが、心身にとっては良くないことではないだろうか。考えすぎかもしれな いが... 。
 こういった時はMacでも触る。モチ最近はいじくるマシンも少ない。何もしなくても僕の要求に応えてくれるし、たとえばOSが一変するなどの一大改革と もなると、それに追従させるため今の物を対応させるよりは、新しいものにコンバートした方が得策である。例え愛着があってもだ。そうしないと、その労力と かかる金額より安上がりなのである。
 が、それを見極める力も必要であることは言うまでもない。どうもWindowsマシンはそれが頻繁だから、古いOSでも対応する要素が十分にあるから、 結局の所、新しいものの売れ行きが好ましくないのだろう。
 先般、ATOK 10のβ版をインストールした。結構良かったのだが、再び2009で起こったようなものが出始めたので、削除して2008をインストールした。
 僕は技術的なことは知らないし、多少のことは無視するタイプだが、2005が連番の15で最後となる。以降、2007ではOS関係で10.4への対応、 2008では10.5。2009ではintelマックのみに対応となってしまった。
 これは、実験すれば理解できるから何も言わないが、ATOKの使われ方の大部分は全て「日本語」であることから、おかしな変換を余儀なくされるのではな いだろうか。こと、Macでのキーボードと変換を司る回路がWindowsと根本的に違うのである。
 ジャストシステムの開発メンバーは、国内で使用されるMacの大半はJIS配列のキーボードを装備したマシンで... 、と決めてしまって開発しているのではないだろうか、と考えた。それは、2007から2009までの外箱に記載してあるからすぐに分かる。
 この(変換ヒットからの)頭の良さは、日本語キーボードと一般の方が文章を作る際に文節として切って変換する部分の総体を統計上でまとめてコマンドして いるのではないだろうか。
 ところが、文章打ちが主たることになると、そうはいかない。ましてやASCII配列の方が根本として慣れている方はローマ字打ちで、連文節でタイプす る。カナキーなど2度打ちしない。第一にカナとか英数とかのキーはない。相変わらずコマンドキー+スペースキーでかなと英語を切り替えているのである。
 ということから、それなら説明書だけで2008が一番いいではないか、と考えてインストールした。
 思った通り、使ってみれば、これはなかなか変換効率、特に連文節での変換効率が高いことがすぐに分かる。

2010 年6月14日(月)くもり後一時雨
 日は、1日中家の 中にいたにもかかわらず疲れがどっと出てしまった。どうしてだろうか?。おそらくは、MacBookであろうと思う。解像度を変えると何とか行けるかもし れないが、やはり15インチのMacBook Proに変更すべきかもしれない。しかし、13インチのMacBookも捨てがたいものがあるので... 。
 さて、午前中にキレそうになった。なぜ切れなかったか。簡単なことだ。僕が先に上司へ相談を持ちかけたからに他ならない。しばらく様子見、としていた が、協議するっていうので集まった後、僕の手を離れた。ま、こういったところをこれまでは無理やり引き受けさせるように仕向けていたからな。僕が相談を持 ちかけ無かったら、あるいは上へダイレクトで持って行ったら、こうウマくはいかなかっただろう。縦割り社会の面白いところだ。
 新しい担当地区分のモロモロがキリのいい日に多くある。その前段で回るのだが、うまくいかない。これが慣れるまでは数か月かかるのは明白だ。
 さて、ひとつ夜の会議をこなして、今日はサッカーの日本対カメルーン戦があるのだが、僕自身はすっかりドラマを見ていた。その後、うまい具合に選手入場 からNHKにチャンネル変更。現在、日本対カメルーン戦の前半をやってる。どうなるか判らないが... 。
 その前に、MacBookの解像度を落として使用してみることとした。結構イイのだが、文字が滲むのが少々イタダケナイ。ま、慣れれば大丈夫と思うけど も。ATOK 2008は結構調子が良い。あまりにも日本語を的確に変換すると、単文節になりやすいという技術的なものがあるのかもしれない。英語圏で使用するには絶対 にASCII配列の方が都合が良いはずだけども、国内は使いづらいJIS仕様だ。どうしようもない。
 ま、ゲームの行方はどうなるか判らないが、日記としては、この辺で。

2010 年6月16日(水)くもり後時々はれ
 日の今日とは行か ないほどの天気。ふと、あの土砂降りの中、「雨合羽が濡れる」と宣った自分がおかしいような気がしてしまう。それほどの天候になっ た。こういったときだから写真でも、と思ったが、自然はもっと暑かった。断念。
 仕事のことで、少し行き詰まってしまった。というのは、今の担当地域で新しい分は相当に効率が悪い。Mなど、谷を挟んでアッチとコッチという始末だか ら、Oを担当していたときのように、遠くだから仕方がない、のではなく、何で、こんなにおかしな行政区にしたのだろうか、と考えてしまう。
 もう一つは、議会対応だ。淡々と喋るように、あの方がセカンドに命じる。それがこの間の打上の時。昨日の夜間業務の時に大半を作成したようだが、細々し たところにクレームが出たみたい。結局今日も... 。
 アンナァー、こういった答弁書はトップが行うべきだ。議員(これが、実は大Tなんだね〜)が怖いのか。僕ならノウノウとしているのなら、テメエのところ 確認しておくべきではないか、と案じるのである。議員だからご勘弁を、というものは無い。むしろ、大手を振って歩くバカ、と言いたい。議員っていうのは休 んでもゼニが出るらしい。もちろん身体上の不具合さはあるが、市民の知るよしもない。
 ま、宇和島市議会なんて、こんなものだろう。今選挙から1年目になろうとしている。未だに質問に立っていないヤツもいる。一つ市議会全体として、何か やってみろってんだ。昔など議員でソフトボールやってたぞ。
 ま、とやかく言うまい。なるようになればいいのだ。僕は政治も経済も気にはしなくなっているから。

2010 年6月21日(月)くもり
 まぁ、運良く天気予 報のくもりの部分が当たってうれしかった。同時に、今日は朝から調子は良かった。業務は全くダメだったけど。いや、訪問するとこ全てが不在という始末で あった。いわば空振りばかりという次第。言い合いじゃないよ。ご安心を。
 さて、18日に新しい職員の組織を立ち上げた。その日も会そのものまでは結構慌てたし、とうとう昨日と一昨日は動けなかったところだ。本当だ。
 そういえば、この状態になったのはいつ頃からだろうか。おそらく5月の連休明けぐらいからだ。3つぐらいを同時進行だったものね。
 疲れが後追いでやってくる。この繰り返しが次々やって来るところであったのかもしれない。
 幸い、土曜日の夜市での紙団扇配布行動のみで土日何もしなかった。出来なかった、と言った方が正解か。それほど心身ともに疲れていた、というところか。
 本当に、こういった身体を動かせないときってあるものだな、と思う。それと年齢からくるものかもしれないな。疲れが後追いでやってくるのだから。
 昨日は、手持ちのPCのメンテナンスをやった。結構いろんな症状が出るものだ。それが、同じPowerPC G4を使用しているものでもやはり違う。この違いが結構おもしろいんだな。
とりわけG4 12インチは使いづらいモデルだな、とも感じたところだ。
 流石にオートバイは触れなかった。これまでの結果をまとめようとMacBookを使用するのだが、これがキーボードの押さえ方でずいぶんと変換が良くな い面が出てくる。この状態を回避する方法を考えていると、眠気が... 。
 それが今日ようやくわかった。叩くような打ち方はできないんだな。やるとしたら、強く行かなきゃならない。と同時に、二度打ちなどをやるときは速めでは なく比較的ゆっくりとやることだ。取りこぼしがけっこうあるもの。少しばかり打ちづらい面も出てきているのが現状のキーボードというところか。
 何で、こういったことを記載したのだろうか。不思議だな。何がどうなのかワカランよ。
 そうだ、退職の時と同じ日めくりが7月と9月にやってくる。予行演習をやっておきたいものだ。

2010 年6月22日(火)くもり後雨
 日も記載したけ ど、最近Yahooの天気予報がよく当たる。嬉しい。パソコン眺めつつ天気は?、と見ればいいのだからね。
 一般人はこれをサボりだって言うかもしれない。本当にそうか?是金でオマンマ食ってる、というのは解るが、こちとら人間だぜ。職業に差別を付けちゃいけ ない や。朝の8時半から12時までと1時間の休憩を挟んで13時から17時15分まで。その仕事の間、脇目もふらず机から離れないように望むのなら、それは ファッ ショだ。最近はこういったバカを言う一般人が非常に多いし、それに呼応するかのようにバッシングする議員も居るのは確かだろう。
 本日は若手職員が先生になって行う天神小学校での租税教室。最初はどうなることかと思っていたが、一部を除いて、大変よくできたと思う。その一部という のは、金額の提示だ。消費税がどうのこうの、(公立の)学校が税金で建てられている、といってもいくらか?
 こういったものは、金額を数字で板書すればいいのだからね。
 ちなみに、僕がよくやる手として、日本中の人1億人が「百均」で一つ買い物をすると、消費税はいくらか?
 こたえは5億だ。板書は5,00,000,000 円と記載する。日頃見慣れない“0”が多く続く数字のため、けっこう驚く。そういった内容が一つほしかった。
 このようなイイ気分で帰ると親方が「租税教室の講師陣の予定を知らされていなかったので、隣へモンクを言ってきた」ときたよ。
 僕は隣から依頼のあった講師陣を出して親分に言っていたはず。「あぁ、いいよいいよ」ってな調子で返答していたじゃないか。それを再度説明。そしたら、 この学校へはウチが出すのに、隣の職員が入ってる、ときた。で、再び、僕の持ってるのをコピー。対比させりゃ同じじゃないか。
 しかし、講師陣の選択に対して経過を言ったところで絶対に折れない。このことも解っていたのでモンクは言わない。「あー、そうでしたか」で済ませた。そ の後、隣と連絡を密にしてくれ... 、と。再びおかしい。
 僕の予想だけど、[アー、そうだったな]と想い出したのだろうが、言い出した手前、引っ込められないのだろうかネ〜。
 結局、今日はお隣の担当がやられた格好になってしまった。僕も親分にあれだけ言ってたのに、古い資料のままで綴じてや がる。かと思うと、僕が報告したものを隣からもらってきてる。ナンダかな〜。
 お隣へは辛辣だったらしい。担当者は、つい言い合いになった、と言ってた。僕にも「怒られませんでしたか?」と言ってくれたし... 。本来なら、迷惑をかけましたネ、と僕もお隣へ言 うところだが、親分とお隣とのやりとりが解らなかったので、「いつものとおりよ」とだけ言っておいた。
 いずれにしても、今年初の租税教室、初めての講師の授業がうまく行ったのに後味が悪い。普通の親分なら、部下が初めて講義をやるところを見るのが普通だ ろう。あるいは、ご苦労でした、どうだったか?、と聞いてくるのが本来の姿であろう。
 としたところ、退庁後お隣は打上ビアガーデンだ。思い起こすと、ウチも打上を毎年のようにやってた。今年は親分が「お前等勝手にやれ」で済ませたのだっ た。「この××が... 」、と真剣に思ったよ。
 同じ名目の仕事でありながら、「掛ける」「納める」でこれだけ違うのだもの、僕がどうのこうの言うの解るだろう。決してグチでも何でもないんだ。事実に 僕の感じたことを加味して言ってるだけのことだ。これが簡単にまとめられない。
 で、お隣の担当がイミジクモ言った「任せることをしない人」ということが全てを物語っているだろうな。加えて僕が考えるのは... 、もうよそう。これ以上ヤルと僕が切れそうだ。
 ま、巧く雨が流してくれればいい。

2010 年6月27日()くもり後時々雨
 とも暑い1日で あった。ここんとこ数日間、バランスの悪い日々が続いてしまった。23日は父の月命日であった。天気も良かったので、お墓へでも、と思っていたが、思わぬ 仕事上の捕り物でそれもできなくなった。24日はサッカーワールドカップの日本VSデンマーク戦をテレビ観戦。睡眠時間は良かったのだが、これが身体の恒 常性を狂わしてしまう。夜勤の看護士の状況が理解できるところだ。
 明けて25日は朝早くから高松での労金の通常総会へ出向く。帰りの松山での懇親会が効いた。26日は休めるのは確実だったが、夕刻からの黒田のぼり店で の懇親会で、これまたダメ。いつもより早く帰宅した。
 で、今日は、それらの疲れが一気に来てしまい、家の中でノビていた。
 父は僕の高校3年生の時に他界した。20代、30代は父の他界した59歳ということを意識しなかったが、40代後半からは本当に僕の寿命がその年数を超 えられるだろうか、とよく思うようになった。
 この6月5日で父の歳を超えた。そして23日の命日を超えた。以後、ガクンと来てしまったのかもしれない。死後のこと、残された家族のことなどなどのこ とが浮かんでは消え浮かんでは消えする。最近は身内の葬儀へも行けない。何かこういった社会の状況に背いているようでならない。公にある身ゆえのことだけ ではないようにも思う。
 自分にとっては、どうも好ましくないポジションで仕事をしているようでならない。実際はそうでもないのであろうし、基本方針は決定せず、叱咤叱咤やって そう仕向ける者が居る限りはこの考え方は消えないかもしれない。

2010 年6月28日(月)くもり後一時雨
 分が重いまま出 勤。何ともなぁ、この蒸し暑さ。我慢の限界です。職場へは冷房は入ったのですが、未だに「試運転」とはこれ如何に?。財政課の面々は地域公共サービスがど ういったものかご存じない。一市民が役所へ来て「まだ冷房入れてないのか?」と感じたときのことを真剣に感じるべきだ。もっとも、それの最高責任差は市長 だろうけどね。
 同時に大問題が発生したのだが、その確認には少しばかり時間がかかる。それを見越してウダウダ言うなっていうの。11時前には解決したろう。後はフンフ ンだ。
 同じく僕もミスったが、このことはこの前にスッタモンダやってたので、ミスが勝ちになった。少しばかり迷惑をかけたな、とも思う。このときのこと聞いて いるはずなのに... 、が少しばかり通用しない。これが痛し痒しのところなんだ。
 さて二五部長が7月22〜24日までの正式名称は何だ?と僕に尋ねてきた。はっきり、23・24日は和霊大祭で神社の祭事、22〜24日は宇和島牛鬼ま つりです、と。
 説明すると長くなるので止める。不思議な世界だが、和霊大祭に「商工港祭」が便乗したのが「うわじま祭」だ。なおかつ、このうわじま祭が低調なんで、そ の前夜祭として22日に「ミス・パールガイヤコンテスト」をやる。その一環としてガイヤ・オン・ザ・ロードでがガイヤをやる、というのが22日の趣旨だっ たはず。
 今はどうだ。22日がメインになって、この「祭」はどういった名称にすべきか?。二五部長でなくとも疑問が湧く。最近になって神社側が強い態度を出し始 めたのは好ましいことだ、と僕は感じている。
 あくまで22・23日は「和霊大祭」である。牛鬼がメインではない。一般人が和霊様を祝うための行事が「うわじま祭」ではないのか。こんなヨモダを言う のがいる。それで結構だ。
 そういえば、神社の祭事に教育面では協力できない、とまで、かつては言われたものだ。子供牛鬼に担ぎ手が居なくなって大弱りになったこともあった。
 この辺が、祭を社会的行事として認めなかった教育面の大欠陥であった。今でもこの傾向は根強い。県のご意向が強いこの地方では無理からぬことかもしれな い。社会と学校の間には見えない壁があるようにも思う。学校で教える社会教育(公民か?)は地元不在の中での教育が行われているのではないか、とも感じる がね。

2010 年6月30日(水)雨後くもり
 日は雨から始まっ た。昨日は21年度の収納率一覧が回ってくる。嫌なものだ。状況が千差万別な中での徴収率はあまり信じられない、と僕は思っている。 これによって、再びハッパをかけられる。僕がそれをしないとなると、相当やられるのか... 。本当に嫌な数値だ。
 これも昨日、午後から租税教室の打ち合わせで、宇和海中学校まで出かける。校長室へ通される。歴代校長のうちお三人さんを除いて知っている、という不思 議な経験をした。何と言うのかしら、教員の資格を取っている者として教育委員会時代が長かったため、という理由かもしれない。この写真の方々の数人は他界 されている。すでに平成の御代も20年を超えるのだから、僕自身歳をとったということか。
 で、今日のことになるのだが、これが昨夜のサッカー・ワールドカップの日本VSパラグアイのゲームを熱心に見てしまい、睡眠時間が短いからかしら、頭が ボヨーン。おまけに朝一番から訳の分からんお客への対応など、時間があっという間に過ぎてしまった。
 夜は夜で夜間業務。6月からの地区換えで、行動距離は多くなったがゲットする額は少なくなった。痛し痒しだ。こういったものまで故人の仕事状況に反映さ れる。辛 いね。セールスマンのノルマとは全く違う業務なのに... 。
 家に帰ると、深夜のサッカー観戦の後遺症がもろに出始めた。何をするのも嫌になってしまう。眠ろうとしても眠れない。ま、そのうち治るだろう。
 オット、忘れていたことを思い出した。今日は夏期の一時金支給日だった。不思議なことに欲しいものが全くない。ひとつ地デジ対応にするか、ケーブルテレ ビにするか。まずはUHFのアンテナを新しいものにしよう。


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