2012年 3月の日記

2012 年3月27日(火)はれ時々くもり
 は 寒かったが天気は良い。こういった日が続くことを願っていたが、残り3日。4日目からは気にすることも無くなる。好ましいことだ。
 身辺整理をする。捨てたいのだがイマイチできない。もしかして、という気分がすぐに働く。組合事務所の整理で僕が立ち会わなかったため、捨てられた惜し いものがある。こういったところが後になって出てくる。これが一番辛いところなんだな。捨てるという勇気が必要なんだが、僕の性からか致し方ないことでは ある。
 退職前に針小棒大に考える必要は無いかもしれないが、周りは4月2日以降をターゲットに動き回っている。僕など無視されている気分もするが、淡々と仕事 をするだけだ。気にすることは無いかもしれない。
 整理をしていると、結構おもしろいものが出てくる。いつもながら整理の下手さがモロだな。ともかく資料中心のペーパーベースものが多すぎる。
 たとえば、会議を例にすると、A4の用紙でご案内が来る。会議に出ると、1時間程度の例会だとA3の用紙とA4の資料が数枚。会議後、数日して議事録が 届く。これを手際よくまとめるのがコツなんだが、こういったのが2〜3連続で続くと、これをまとめるのがしんどい。故に封筒へ入れたまま保管する。これが べらぼうに増えてしまい、いざ、まとめるときに苦労するのである。
 昨夜作ったカレーがべらぼうに美味い。我ながら感激。妻が作るといつもながらコットリの感じが強い、ガラムマサラたっぷりのカレーになる。これが僕には 辛いのだ。そういえば、僕の作るカレーはタマネギだけだ。ちょいと工夫はあるけど、これは秘密。
 いずれにしても、市販のカレールーの作り方どおりに作ってみられることをお勧めする。目から鱗、になるのでは無いかな。2つ以上のルーを混ぜないことも 肝心だ。
 というところで、明日は最後の休暇(だろう)をとって労金の推進委員会に出席するため松山へ出向く。これが結構忙しいのだよね。

2012年3月25日() くもり時々はれ
 い
いか、今は春だ!、といくら言い聞かせても、朝の7時前までであった。僕はこのとき伊予市の「ウェルピア伊予」へ滞在して、愛媛友輪会 のNさんと外へ出た。明るい瀬戸内の朝。宇和島とは随分違う。が、季節は信じられない冬であった。
 昨日からの第37回四国自動二輪交友会で出向いていた僕は、昨夜のことを考えていた。先にも出したが、若いライダー諸君のこの会への参加要請は難しい。 それほど個人の車両の選択肢、それに同胞のオーナー関係から、少々値段の張るこの交友会なんぞは目に入らない、とうか、気にもとめない、といったものであ ろう。
 僕らは違っていた。全国自動二輪交友会へ出向いた折、四国の西南の外れから京都くんだりまで脚を上した。中には、妻と身内の女性ライダー二人も参加して いる。初の高速道路、初のオートバイ乗りの同胞が集う交友会。これこそ日本のバイクライダーミーティングであろうと、感激していた。
 今はハーレーにしても60回ローンで購入出来るようになっており、等位のように銀行を説得し現金で購入していたころとはわけが違う。しかも、今流の考え 方から、個々人が同じオートバイに乗っているだけだから... 。
 これらの小さいコミュニティーの考えがはびこると、グローバルでのオートバイを通しての友達創りなどには及ばないと思うのである。故に先細りになること はたしかであろう、と考えるのである。
 今日の帰路、前車と2つほど間隔を取って走っていると、無理に割り込んでくる自動車が数台逢った。バカタレー、と叫びそうになった。
 こういったことを高速道路でやってもらっては困る。やりはしないまでも、走行がスムースになった国道では、マナーを守れない輩が多いのだ。一億総オート マ、となる日も近いかもしれないが、今日の今、そういったことをやってもらっちゃ... 、ね。
 とはいえ、不安定な2輪が前を走っていると危険だから前へ出ようとするようなのだ、とのことで、一見落着。それでも、マナーの関係からすると、愛媛のド ライバーはダメだな、となってしまうのである。

2012年3月23日(金)雨
 明 から雨になった。結構強く降った、と思うと止んでみたりなかなかシワイ雨であった。帰宅時も急に強く降ってくるので、やむを得ずゲルマンへ待避。帰りも雨 であったが、帰宅と同時に本当に止んできた。
 僕はいつも思うのだが、ここんとこ10年間気象を綴って、その後の予報に当てるとすれば、相当に評価されるのだろうけど、誰もやりはしない。これが現実 だ。
 さて、午後になったが4月1日付人事異動の内示があった。すでに退職する僕としては意見など言うことはできない。むしろ、僕の役割を元の担当者がやって くれるので、少しだけリファインできたまとめになって来るであろうと思う。ホッと胸をなで下ろした。
 しかし、全般を見ると、余りに観光行政に対してエセと思われるほど人員を配している。むしろ、国体への準備として人数割り当てをすべきであろう。
 このことに対して、市の大親分たちは昭和55年の高校総体寺に、宇和島市の実行委員会と、担当していた教育委員会の課員達が積極的に取り組みをした事実 をもう一度想い出してほしい、と思うのである。
 さて、明日は四国自動二輪交友会だ。伊予市まで国道56号線を走ることとしよう。先日宇和まで走ったけど、卯之町は車が多い。が、宇和島市街でも、以前 のようにコセコセと脇道を走る車も元に戻ったように思う。人間の心理なんて、早々新しいものへシフトできるようには思われないからね〜。
 が、市内へ落ちる金は少ないだろうし、木屋など未だにブログができない。HPには近日云々と書いてある。が、実際は... 。
 止めよう。絵に描いた餅のようには行かない。ベロタクシーだって止めるときは何も出ない。そろそろ、車両が消えるというのにな〜。

2012年3月20日(火)くもり時々はれ
 さ 寒さも彼岸まで。こういったコトバが通らないのが昨年末からの気候の状況だろう、と思う。今日もソコソコであったものの、午後からは芯の抜けない寒さが覆 う。
 実のところ、昨夜は職員組合がやってくれた僕とM書記の退職祝い。そう、送別会ではないのだよね。一昨日はこれまたバス旅行で倉敷のアウトレットモール へ出かけたしね。疲れ満タン。
 昨夜のパーティー(ハヤー)は、まるで35年前の結婚式の時のようで、妙に感激してしまった。こういった会が今は非常に少ない。組合の初期の頃の写真を ベースにDVD化したものをプレゼンとしていただいた。花束は1年間持つ加工がしてある。僕はえひめの「ゆるキャラ」を網羅したクリアフォルダーで答礼と した。
 その後は桃子で数曲やって、最終はレッドブーツ。僕は61歳を迎える年齢だが、妙に何というか40台の頃を想い出してしまっていた。うれしかった。
 で、今朝はマジ起きられなかった。7時過ぎにごそごそしつつ、昼前にお墓へ。どうも参拝者も少ない。コンクリートで固められた墓所は何も掃除などしなく てもよい。アホくさくって、僕は未だに父が言った「土の地面の墓」をそのままにしている。随分と土が痩せてしまったが、逆に数十年ぶりに苔が生えだしたた め、改修作業をどうするか迷っている。いずれは僕もここへ入るのだからな〜。
 夜、NHK総合テレビ「家族で選ぶ日本のうた」を見つつ、変わったな、という歌手。変わっていないが、そのままの体型で出られると異常だ、と思いつつ見 ていた。程よく年相応でないと、聴く曲も「無理してるな〜」と思ってしまう。当時のままならCDで楽しめば良い。今、キーも歌い方もそのままで、声のトー ンが少々違って、今の服装でのほうがよほど安心感があり「まだやってるな」と、僕などは勇気づけられるのだ。
 こういった番組では難しいことであろうと思うが、歌手も視聴者もリアルタイムに齢を重ねている方が多いのだから。
 さて、夜遅くにヤフオクでゲットした旧タイプのスパトラが到着した。思い通り旧タイプのディスクに取り付けヒンジの付いたエキパイであった。ディスクが 6枚だったのでSR400に取り付けられていたものであろう、と。
 また良からぬことを考えて旧タイプディスクで8枚ではどうなるかを試してみたくなった。ワクワクするのだよね。

2012年3月16日(金)くもり後時々雨
 然 の客の多さにビックリの1日であった。午後から休暇を取って18日の倉敷行きの旅行の準備と3回目の送別会の答礼のことを考える予定であったが、それは明 日廻し。のこのこと出かけなければならない。
 この来客の多さは区切りの日が休日という暦の状況から起こったものであろう。20日は祝日でお休み。引き落とし等の関係は1日遅れだろうけど、19日の 月曜日に出入金の処理は大変。となると企業などでは週末の今日がターゲットになる。
 この分でいくと23日の金曜日もヤバいかもしれない。そして僕にとっての最後の仕事日の30日は金曜日で、これまた大変。おまけに30日入金の分は年度 変わりの4月2日以降となり、確定するのは4月3日、となってしまうのであるから、4月もバタバタは続くのであろうな、と思う。
 また、おかしいけれど笑えないような実例も発生している。納税額が1か月の間に2回更正がかかり変更になった通知書が届く。ところが、1期分は当初の納 付書に付属しているため、最初の更正分では1期分の額面は変更がないため、付属していない。そのため2期分から最初の更正があった納付書で納める。翌月に 再更正された納付書が送られるのだが、ほんの数日違いで3期分を前の更正した納付書で納めた。以後、この納付書で4期5期と納めたため、2回目の更正され た額面からすると数百円不足する。当然、これには督促手数料が発生する。
 文書で通知されてはいるのだが、その中に一言、「以前の納付書と未納の期が重なるものは、変更点を確認の上、新しい納付書で納めてください」とぐらい大 きく記載すればいいのだが、文字が小さく読みづらい上に、ほとんど同じ内容で届くものだから一読などしない納税者は一月ごとに2回も変更された納付書の内 容が理解できない。これが今回発生した一件であろうと思うのだ。
 今回は差額が千円に近いものだったからいいようなものの、100円の差額に100円の督促手数料がかかるとなると、損をしたと思う以上に喧嘩フッかけら れる可能性も無きにしも非ずだ。
 こういった点をフォーマット変更すると数百万円の費用が発生する。メーカーとしてF通を選択してもプログラム作成は関連のK放送だから、銀行関係のよう にダイレクトでF通のプログラムとは話にならない。この辺がダメなのだろうな。
 としたところで、古いスーパートラップを落札。マジ、今回はエキパイを何とかしたい、というところでGetした。そう、何がどうなったときにどうなる、 というばかげたことを真剣に考えている人には、僕のやろうとしていることが解るのではないか、と思う。
 このことが、1978年の最初の2J2、あるいは、その前の1E6を知っている者が言うことだけで、絵空事として聞き入れていただければよろしい。
 が、「講釈師見てきたような嘘を言い」となるのはゴメンだし、このことに対しては反論できる。だって、実際に乗って他のだからね。が、逆に僕がどうのこ うの言うとキライがられる。それは、その現物を所有していないからだ。ここが辛いのだよね。
 今サントリーの「金麦」を楽しんでる。退職したら、こういったのが一般だろうね。清酒は紙パックだが、何とか茶色の一升瓶に詰め替えてやりたい。
 無い物ねだりではないが、僕の1996年製のSR500をそういった意味からようやくアピールできるようになった、ということか。

2012年3月15日(木)はれ時々くもり
 日 は2回目の送別会。少しばかりやりすぎた。今朝は妻が早々朝出勤で4時過ぎから起きてる。僕自身目が覚めてしまってどことなく調子が悪い。ポカリスエット で少し楽になる。水の吸収度は相当なものがある。こういったときはスポーツドリンクの効果を思い知ることになる。息子が1歳過ぎの時、水痘と仮性クループ に対してアクエリアスの2倍希釈を飲ませてスゴイ、と感じたのを想い出した。
 仕事はじっくりやる。何かから逃れようとしているのが解る。つらいところだ。ワケは言わないこととしよう。今の仕事のうちはね。
 さ、そんなとき再びMacBookのバッテリーがおかしくなってくる。2つばかり原因があると思うが、夜になって、ACアダプターのコネクター部分を 疑ってコード付きプラグに変更して良くなった。で、ダイレクトのコネクタープラグを触って... 。詳しくは次号の小誌でね。
 そして、今日は自治会の総会。今年から自治会長職だ。勤まるかどうかだけど気負いなどはないよ。これだけだ。気にする必要は無い。実際のところ動こうに も動けないのがこういったパブリック面の行動であろう。多くははき違えの「ボランティア」であろうと思う。
 ま、疲れてしまったな。

2012年3月12日(火)はれ時々くもり
 
々考え込んでしまった。ま、仕事は少しばかりスッタモンダあったが、この程度であろう。
 ことは夜、NHKの番組で、まずはニュース。「みんなの党」の某が言ってたが、「天下りや給与の高さを批判しているのであって、公務員の採用を減ずるの は反対だ」と言ってた。
 このバカタレ、と僕は思ったね。ボスの渡辺もこの程度か、と馬鹿さ加減を露呈したようだ。そういった天下りなど、これまで、あまり言ってなかったぞ。
 ましてや、公務員の採用なんぞ一言も言っていなかったはずだ。もっとも、賃金を削減せよは言ってたし、民主党も組合をバックにしてはいるが自民党よりだ から、野田君が言うように一気にでる。
 みんなの党が、発言ののように即するのなら、公務員の採用枠を元通りにしろ、そのかわり賃金は再考せよ、とは一言も言っていない。こんな党は公務員から すると願い下げだ。事実だ。
 はっきり言って、沖縄の仲浜知事がおっしゃってたが、「総理の方が一枚も2枚も上だな」ということが解っていないのだろうね。
 それより、みんなの党も批判を浴びてもイイから「議員歳費を大幅ダウン」とした方がよいのではないか、と考える。これが凄かったのが愛媛県だ。
 自民党議員のYさんが、「職員給与を下げるのなら、まず、県民の代表である我々議員の歳費を下げるのが道理であろう」と発言。実際その通りになった。
 県議でもこうやっている。国会議員も同様にすべきだ。もちろん、宇和島市議も大幅ダウンすべきだ、と思う。
 こういった波紋を及ぼすようなことを「みんなの党」が考えとして持っているのなら、早く周りに通知しろって言いたい。が、党の利益にかなわないからやら ない。
 僕の退職した後、本当に宇和島市の行政を見通して、より良い宇和島を育むトップ以下行政の担当トップを育てなければならないのだが、実際は、公務員を ブッタ切る方が大事なのだろう。宇和島市はやがて破綻が一層感じられる世界になりそうなのだがね。

2012年3月12日(月)くもり後時々はれ
 妙 なところで、頭が痛い寝起きであった。どうも副鼻腔がおかしい、ということであろうと考えられるのだけどね。鼻は通るのだが、奥まで通らない、というのが それだ。
 昨日は宇和島道の開通でこれだけ自動車の交通量が減るのか、ということを思い知らされた。朝6時過ぎ、余りに静かなのでいつもとは逆に目が覚めたという べきだろう。避難訓練前に周りを一周。本当に自動車が走っていないのである。
 月曜日の今日も同様であった。国道56号線は2/5〜3/5の自動車交通量である。拙宅前の道路は適度な幅員と信号がないことから、鬼北から丸山を通っ て降りてくる自動車がコチョコチョと通るが、これも皆無に近いぐらいに減った。唖然としてしまう。
 夕刻も不思議なほど通らないのである。路線バスの通る狭い道も気兼ねなく歩いて通れる。本当に不思議な世界である。
 案の定、吉田からの通勤者は渋滞に巻き込まれることなくいつもより10分程度早く着いてしまっていた。
 今の状態は津島まで拘束が通った時と同じだが、通常の国道56号線は、少しずつ生活道路を取り戻してきたが、今回の場合もこれと同様に元に戻る、という ことはない、と僕自身は思っているのだが。

2012年3月10日()くもり時々はれ
 夜 は僕ら退者の課の送別会であった。送別会のことを記載するのは気が引けるので止めるが、出てきた料理の中で少しオモシロイのがあった。
 場所は「かどや駅前本店」コンパニオン、は少々イメージ違いであるし、お手伝いさんがテキパキで気持ちが良い。これって必要だろうね。以前なら仲居さん が居て、個々人にお相手もよかったが、今の時代はそれははやらない。
 で、料理の中に不思議な器に入っている重ねもの。しかも脇におかしな液体が... 。宴席の始まる前に彼女たちから「ウーロン煮」です、とアナウンスがある。一瞬「燗娘」というお酒を想い出した。そう、カーバイトだ。今回はにおいを発す るので「ウーロン茶」で対応する、というものであった。
 カーバイト知ってる?、と同年代に聞くと「知らない」という大きな返答。あの頃の夜店はどうだったんだ。こういった庶民の歴史も飛んでしまっているのか な、と思ってしまった。
 さて、今日は少しばかり寒かった。が、僕自身は素足のままで過ごした。基礎体温は高いかもしれない。血圧も高いかもしれない。けど、我慢できるのならそ のままでいいではないか。こういったところが、薬で抑えられ、十分すぎる防御態勢をとって、暖かさではなく暑さにまで行かせて、脱水になって余計に悪くす る。
 血圧が高くっても、そこそこ普通ならそれでいいのではないか、と決断する医師はいない。第一にこういった状況を経験していないのだからね。当然、降圧剤 の効果と実際なども経験する世代ではない医師ばかりだからね。
 定点撮影を終わって酒道場。常連のY氏が居るので止めようか、と思ったがHさんも居たため、少々話し込む。九島架橋が及ぼす効果の後の負の部分、同様、 今日の15時過ぎからの道路の状況から察する負の状況。これらがこれからの宇和島へ与える負の影響を対処することができるかどうか、という話を真剣にやっ た。浮かれムードは即刻捨てた方がイイ、というのが今日の結論だ。が、これはマジ現実のものとなってくるのだ。
 その後、優性関係の職員と非正規職員と話をしたが、2人でも集団であることを目標にして、これから組織化しないと、明るい生活は考えられないことにな る、というのは伝わったかな?!。
 テレビで台湾戦の野球を見た後、ドラマ鑑賞。なかなかいいよね。最近はドラマが少ないね。この年になると、トレンディーな番組は辛いんだ。理由はいわな くても解るだろ。生きてきた時代が違いすぎるし、我々が生きてきた世界が今に生かされていないから。

2012年3月8日(木)くもり後雨
 前 から雨になった。昨日の件、今朝の愛媛新聞によると、オンブズマンの言い分も一理あるな、と感じた。あのべらぼうに高い金額でも宿泊しようという金持ちが 日本中には居るわけだ。僕自身が思うことだけかもしれないが、夜の街はシャッター街だし、食後のブラリもしようにもできない。私しゃ経営の考えが甘いん じゃないかな、とも改めて感じてしまった。拙宅の裏だが女将のご挨拶はあるのかな。
 さて仕事、何やかや先月分のまとめをやるも、今月末をもって次の人にお願いね、とはならないため、あまりあわてない。そんなときに大阪のNさんより春の Britishu Runの案内が来た。昨年と同様3月31日と4月1日に小豆島でだ。気にはしていないものの年度末と年度初めの休日だから、参加自体は少々難しいように感 じるのだよね。行くとしても十分な準備もできないからSR500で、ということになる。
 今日と明日は県立高校の入学試験だ。以前だと出勤途中に受験生とすれ違っていたが、倍率1.07ぐらいの競争率ではおのずと受験生も少ないから遇わない のであろうな。
 今の僕を形成したであろう母校と思しき学校は中等教育学校になってしまったから、残ったのは校歌と応援歌だけぐらいだ。同窓会も「南」で統一して以降参 加していない。小中学校の統廃合とは意味が違う。あえて僕の口から言うまでもなかろう。向こう10年間の内には中等学校の卒業生が多くを占めることになる だろう。学業自体も中途で一般の中学へ転校する生徒もあるだろうし、高等部で他校へ編入という人もいるだろう。この人たちの真の母校はどこなのであろう か、フト入学前に考えてしまった。
 明日は課の送別会だ。仕事期間は残り15日間となった。

2012年3月7日(水)くもり
 日 中、ドンヨリした空模様で終わった。朝、新聞紙上で以前ウチの店に入れていたうどんやさんとおぼしき人の死亡通知を知る。大半の関係者が世を去る。僕自身 母方の身内は誰もいないと思うし、父方は結構少ない、と思う。僕自身は孤立というところだ。いろいろあってこの方の葬儀の参列もかえって迷惑をかけるかも しれない、と思うとこ ろもある。
 さて、午後から休暇を取ってSR500にかかる。妙に胸騒ぎがしてならないからだ。決して失敗はしていないのだが、どことなく不安なのだ。
 詳しくはブログで出しているのでご一読を願って、堂々巡りのようだが、ストックのSR500のマフラー変更したって、かえって調子を崩して悪くする。同 様にキャブレターを変更しても、季節によっては調整が必要だし、マフラー変更していれば、新しいキャブで調子を整えないとならない。これに費やす時間は相 当なものがある。ここを忘れてもらっては困る。
 が、SR400はいとも簡単にこれができる。もっとも、以前のキャブレター仕様車だけどね。今のE.F.I化のSR400では、気温の低いときに購入 し、十分な慣らし運転をした後で、希薄燃焼に困るような季節をワンシーズン経過した後で考えれば良い。混合機を少し濃くしてやった方がイイかもしれな い。E.F.Iの小変更だけでかなり走るようになるはずだ。
 として、体を休めようとしていたら、午後6時前後のニュースでとんでもないものを知った。愕然とした。宇和島市は何を考えているのだろうか、と思う。
 まずは学校給食センター。これを旧宇和島シロキ工場跡地へ持って行くことを決定したらしい。
 あんなへんぴなところへ持って行くこと自体がアホ違いますねん?。おそらく反対した議員は岩城議員ぐらいかもしれない。アソコは高齢者の介護施設や老人 ホーム、特別養護施設などを建築すべきだろう。
 ただでさえ少ない児童生徒数、その上に津島の市立校の大半は自校の給食を今後も継続することで決着している。なら、あんな広大な土地の余りはどう活用す るのだろうか?。自治体合併したのだけど、相も変わらず旧宇和島市が中心で、その中心には人が少ないし中央へ集中したところで、旧三町の発展は宇和島市と して考えてもいないのが実情だろう。
 僕も知っている樺崎の埋め立て地、時の市長は儲けを出したから、誰も進出しなかった、という事実を今の市民の多くは知ってるのだろうか。今回の旧シロキ の従業員賃金も市の業者が安くしてしまった。日本で一番安いシロキ職員にされたわけだ。その体系のまま出向などさせられてしまったので、退職まで尾を引 く。じゃ、宇和島の業者は潤ったか?ダメ〜、であったろ。
 少ない児童生徒のために広大な土地に小さな施設。ましてやヘンピなところ。そんなところで給食を調理して、と先のことを悪く考えてしまうのである。
 もう一つは「木屋旅館」の新しい女将の決定だ。「アー、済んだな」と思うよ。この際はオンブズマン関係は抜きにして、女将として考えると、僕は航空機の 客室乗務員であった人、しかも愛南町の方にできるかどうか。僕より若いが、この木屋のかつての状況を知っているかどうか。単に儲け主義だけなら、好き放題 やればいい。バックは宇和島市だからな。
 が、宇和島市の思惑に相乗りし、木屋を旅館として経営するのなら、多くの難題が未解決だ。駐車場から始まって、客寄せのために何かをする、従業員の教育 などなど。物見遊山で宇和島に来る輩は居ないのだ。その権化として木屋を盛り上げようとするなら、とりあえずは市職員の会合は木屋でやらせろ、っと。
 女将決定に関して、いきなり外様の人がスタッフに入っている。エッ、我が目を疑ったよ。この方宇和島市に住んで、旅館業に専念できるのだろうか。法被を 着てJR宇和島駅へお迎えに行ったり... 。
 そんなことをしなくても良かった時代の旅館が木屋だったのだ。そういった昔の和風の旅館を今に活かすのであるから、女将の紹介の周りに居た者の多くは利 己的な奴らばかりに見えたのは気のせいだろうか。
 ま、僕の考えすぎかもしれないが、スパッとしたところがない今の市長では、今後の宇和島市政は霧の中の航行になりかねない、と強く考えてしまう。
 3月11日の避難訓練でも、「訓練は大成功」を目指している訓練なんだから。嗚呼...

2012年3月5日(月)くもり時々雨
 の 雨になった。しかし冷たい雨でもないし春雨でもない。純然たる雨。雨漏りが始まる。この辺が、というところまでは解ったが、それ以上は無理だ。どこから 漏ってくるのか、再度設計図を見てみたいが、建築確認申請の図面しかないので細部にわたっては無理だろう。建築士は死亡しているし、一度訪ねたが原本もな かったようだ。築後33年が経過しているのだものね。
 さて、体中が痛い。腰の状態がおかしい。どうも内蔵をやられているのかもしれない。といって異変がないから、それを良いことにして普段の生活をしている と、あれは急にやってくる。その方が楽だけど、まだそれに至ることは避けたい。
 本日は業務上で、年度末の予定が決定した。このことが何を意味するのか?。僕が受け持っている仕事は、映画「トラ・トラ・トラ}で連合艦隊の継承を行い ます、といったことにはならないのだ。おまけに年度末で僕が職場を去るときは金曜日だ。年度初めは月曜日、ときている。
 3月30日の分は4月の2日に計算されることになるから、いわずともお解りであろう。おそらく4月3日は午後から出勤、となるのであろう。
 文章としてマニュアル化してるものも在るが、この月初めの件はどうしても実際にやってみなければ解らない。エクセルのファイルを触ることができて、数日 間夜の帰宅でも文句も言わないような人でないと勤まらない、と思うのだけどね。
 さて、昨日夕方、雨の中SR500のスパトラのディスクを修正したが、思わぬ落とし穴があった。再び5mm×0.8のネジ山が舐めてしまっ た。原因は ディスクの穴を拡大した後、バリが取り付けボルトの山を削ってしまった、といったところだ。ディスクの材質はかなり硬いステンレスであることが解った。ボ ルトが硬いと純正ボルトのように折れる可能性もある。
 としたところで、純正のボルトを使用するのなら、受けのインナーコアのネット部分をタップでさらうと同時に、ディスクもボール盤を使用し、同様に 3/16のドリルでもんでやる必要がある。全ての穴はバリが出ている方からリーマを少し当ててやる。こういったことをやらないとダメなのではないか、と思 う。
 そして、純正ボルトはこれらのことを行わなくても、ネジ山が減らないようにするために、このサイズとピッチを採用しているのではないか、とフト考えた次 第だ。 inserted by FC2 system